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読谷村 チビチリガマで慰霊祭 集団自決の悲劇を忘れない後世に語り継ぐ
77年前の沖縄戦で住民が強制集団死、いわゆる集団自決に追い込まれた読谷村のチビチリガマで2日慰霊祭が行われ、参列者は悲劇を忘れないと平和への誓いを新たにしました。
77年前の1945年4月2日、読谷村のチビチリガマではアメリカ軍の上陸により追い詰められた住民の間で集団自決が起き80人あまりが命を落としました。
慰霊祭では遺族や関係者が祭壇に手を合わせ亡き肉親の冥福を祈りました。
当時、8歳だった上原豊子さんは、母親がガマを出る決断をしたことで生き延びることができました。
▽上原豊子さん『当時8歳息苦しい中で母の着物を捕まえて出てきた、ガマから出てきてよかったという気持ち戦争はしていけないまたどんな事があっても生き延びること』
参列者は悲劇を風化させることなく語り継いでいくと決意を新たにしていました。
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