【辺野古沖転覆事故】発生から1週間 これまでの経緯・捜査のポイントを取材記者が解説
名護市辺野古の沖合で平和学習の高校生を乗せた船2隻が転覆し、女子生徒と船長の2人が死亡した事故について、あらためて起きた経緯を振り返ります。
16日午前9時半ごろ、同志社国際高校の生徒18人を含む21人を乗せた「不屈」と「平和丸」が辺野古漁港を出航しました。
2隻は米軍普天間基地の移設工事の様子を見ながら、大浦湾を航行していました。
午前10時ごろ、近くにいた海上保安庁の船が「波が立っていて危ない」と2隻に注意を呼びかけましたが、午前10時10分、辺野古崎から沖合1.5キロの地点で高波を受けたとみられる「不屈」が転覆。
それを救助しようとした「平和丸」も続けて転覆しました。
この事故で2年生の女子生徒(17)と「不屈」の船長の男性(71)の2人が死亡、14人が指の骨や歯を折るなどの重軽傷を負いました。
凄惨な事故はなぜ起きてしまったのか。ここからは取材にあたっている譜久村記者とお伝えします。
稲嶺アナウンサー:
譜久村さん、事故の捜査はどのように進められているのでしょうか
譜久村記者:
海上保安庁は業務上過失致死傷や業務上過失往来危険などの疑いで捜査を進めています。先週金曜日には船を運航していた市民団体の事務所などを家宅捜索したほか、平和丸の船長と乗組員の男性から任意で事情を聞くなどして事故原因の解明を進めています
稲嶺アナウンサー:
捜査のポイントはどこにあるのでしょうか
譜久村記者:
ポイントは大きく2つあります。まず「出航の判断が適切だったかどうか」です。当日、沖縄本島地方には波浪注意報が発表されていて、海上保安庁の船も2隻に対し「波が立っていて危ない」と注意を呼びかけていました。
そうした状況のなかで出航し、航行を続けた理由について転覆した2隻を運航していた市民団体のヘリ基地反対協議会は、「不屈」の船長の男性が当日の朝に「出航できる」と判断したと説明しています。
団体側は気象条件や波の状況などを踏まえた出航の基準を明文化しておらず、出航の判断は船長に一任されていました
稲嶺アナウンサー:
この判断が事故の発生に影響したかが調べられているんですね
譜久村記者:
さらに捜査のポイントの2つ目には「十分な安全管理がされていたか」が挙げられます。死亡した「不屈」船長のは船舶免許をもっていて、20年近く船長を務めたベテランだということですが、事故が起きた場所は当日救助にあたった海上保安庁の船ですら転覆するほどの危険な海況で、そこに船を進めた判断が十分な安全管理に基づいたものだったのかが調べられています
稲嶺アナウンサー:
転覆した2隻はこれまでにも人を乗せて運航していたのでしょうか
譜久村記者:
はい、ヘリ基地反対協議会によりますと、学校などからの依頼で年に数回、ボランティアで学生や生徒を船に乗せていました。
一方で、転覆した2隻は海上運送法で義務付けられている運輸局への船舶登録がされていませんでした。団体側はボランティアのため登録していなかったと説明していますが、沖縄総合事務局は第三者の依頼を受けて船を航行させる場合は、有償・無償を問わず船舶登録が必要との見解を示していて、法令違反がなかったかについて調べています
稲嶺アナウンサー:
今後の捜査はどう展開していくのでしょうか
譜久村記者:
22日に海上保安庁が行った実況見分では、船体に異常がなかったかや当時どこに何人が乗っていたか、どのように操船していたかなどが「平和丸」の船長立ち会いのもと調べられました。海上保安庁は関係者への聴取を進めるとともに、同志社国際高校に職員を派遣して話を聞いたり、修学旅行の関係資料の提供を求める見込みです
2人の命が失われた重大な事故。事故原因の解明や再発防止はもちろん、生徒たちの心のケアも必要です。
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