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中学教諭が対馬丸事件の歴史学ぶフィールドワーク

学童疎開船「対馬丸」が米軍の攻撃を受け沈没してからあすで82年です。

対馬丸事件の悲惨な歴史を子どもたちに伝えていくために、21日、沖縄県内の教員たちが対馬丸記念館などを訪れました。

太平洋戦争末期の1944年8月22日、九州へ疎開する子どもたちなどを乗せた対馬丸は、米軍の潜水艦の攻撃を受けて沈没し、分かっているだけでも学童784人を含む1484人が犠牲となりました。

21日、那覇市にある対馬丸記念館を訪れたのは、島尻地区にある中学校の社会科教員で作る教育研究会のメンバーです。

研究会では、沖縄戦などの歴史を学校現場で伝えていくために、毎年各地の戦跡や資料館などを訪れるフィールドワークを行っていて、今年は約20人が参加しました。

教員たちは記念館の学芸員から、対馬丸が撃沈されるに至った経緯などについて説明を受けました。

学芸員:
0歳から15歳の犠牲者の数は、1040人。1484人の4分の3が子どもの犠牲だったと覚えていただきたい

疎開の背景には沖縄での地上戦を見据え軍の食料を確保する目的があったことや、米軍の攻撃で当時の沖縄近海は船での移動がすでに危険な状況だったことなどが説明されました。

教員たちはその後、犠牲となった人たちを悼む「小桜の塔」を訪れました。

学芸員:
戦場の真っ只中で死没した国策への協力者に対して、政府が責任をとらぬということは、決してあるべきことではない

池間大輔 教諭:
対馬丸事件の実相、沖縄の歴史的事実を伝えていかないといけない。私たち自身が学んで、学び続けることが大事

仲村優 教諭:
沖縄戦をもっと深堀りして生徒たちに伝えていければ

対馬丸事件の記憶を風化させることなく子どもたちに伝えていくため、自ら学び続けることの大切さを確かめていました。

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