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真崎 睦美

真崎 睦美

失恋、退職、そして移住。32歳独身無職から始める「2度目」の沖縄暮らし

ライター真崎 ”2度目の沖縄くらし”だより

目次

2021年8月末。32歳の誕生日を目前に控えたこのタイミングで、わたしは地元の大阪から沖縄に移住し、”2度目の沖縄暮らし”をスタートさせた。

スタート直後に「賃貸契約前の審査に引っかかる」という赤面トラブルに見舞われるも、なけなしの預金残高と長期投資中の資産額を見せたらなんとかギリギリ通過した。沖縄の人は温かい。しかし独身無職の人間に審査会社は冷たい。やっててよかった積立NISA。

沖縄に到着したら最初にコレを食べると決めていた
沖縄に到着したら最初にコレを食べると決めていた

1度目の沖縄移住は「東京で消耗したから」

1度目の沖縄暮らしは約5年前のこと。その前は大都会東京暮らし。当時は会社を辞めたばかりの駆け出しフリーライターとして、毎日取材や締切原稿と向き合う日々を送っていた。

同年代ライターとの比較や「早く売れないと……!」という焦燥感から、心身削ってバリバリと働く毎日。いつの間にかじわじわとメンタルが蝕まれ、だんだん身体を動かす気力も湧かなくなり、1日中ベッドに突っ伏す日が増えた。

そんなある時、沖縄在住の友人から突然電話がかかってきた。久々の近況報告がてら彼女が笑いながら話すのは、数々の沖縄ゆるゆるエピソード。「7時開始の飲み会で、全員揃うん10時やからな!!!」みたいな話にゲラゲラ笑い、聞けば聞くほどなぜかみるみる沖縄に惹かれた。そして、「あったかいところで暮らしたら、悩み、なくなるのでは」というIQ2の思考回路で縁もゆかりもない沖縄に移住を決める。

そんなノリで始まった沖縄ライフ、フタを開ければまことに最高だった。沖縄は本当に「あったかいところ」で、初冬でも半袖で過ごせる暖かさはもちろん、出会う方々皆さん全員マジでまことに温かい。取材先の人と仲良くなって後日おうちにお呼ばれし、盛大なおもてなしを受けることもあった。

東京ではあり得なかった事態の連続でライター仕事もだんだん楽しくなり、いつの間にか病みきったメンタルが完全治癒。沖縄に来て本当によかった!!このままずっと大好きな沖縄に住むぞ~~!!!と当時は声高に公言していた記憶がある。

取材した方のご自宅で受けた盛大なおもてなし
取材した方のご自宅で受けた盛大なおもてなし

しかし、この時の沖縄暮らしは結局1年少々で終了。当然周りの人はとても不思議がってこう聞いた。

「あんなに沖縄好きって言ってたのに結局県外出ちゃうんだね。なんで??」

なぜか。回答はいたってシンプルに「県外に恋人ができたから」である。

仕事で1ヵ月間ほどの県外出張案件があり、現地で出会って仲良くなったお相手にうっかり惚れ込んで交際申し込み。めでたくOKをもらってウキウキと県外移住した。沖縄は大好き、でも人生の最優先事項はいつだってラブです。

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そしてこのたび、約4年越しの沖縄再移住。今度はこんな質問をよく受けた。

「沖縄移住して、1回出て行ってまた戻ってくる人って珍しいよね。なんで??」

なぜか。回答はいたってシンプルに「県外の恋人と別れたから」である。

先ほどの彼とは、結局諸々のすれ違いから数ヵ月ほどでお別れとなる。傷心しながらいったん実家のある大阪に戻ったところ、今度はそちらで恋人(NEW!)ができた。その人とは同棲までして気分は完全に「よーし婚姻婚姻~!」モードだったが、結局諸々のすれ違いから1年半ほどでお別れした。恋愛の難易度たっけぇ。

人生の最優先事項はラブ、しかしラブなき時はやっぱり沖縄が一番。大阪ではフリーライターを辞めて会社勤めをしていたが、そちらもスパッと退職。仕事も恋人も持たざる人生手ぶらな民として、大好きな沖縄に舞い戻ってきた次第である。

お気に入りスポット、糸満市の南浜公園
お気に入りスポット、糸満市の南浜公園

そして始まる「2度目の沖縄暮らし」の模様

沖縄で暮らしている、と言うと、県外に住む友人たちから「憧れのリゾート暮らし!」「いつでもキレイな海に行けていいな~!」などと羨ましがられることも少なくない。実際、そのような環境で悠々と過ごしている方々もいると思う。

いると思うが、わたしは否だ。

憧れのリゾートとは程遠い、そして海からもそこそこ遠い住宅街にある築25年のワンルームマンション暮らしである。キレイな海には行こうと思えば行ける、が、移住後すぐの9月、沖縄は毎日元気いっぱいの酷酷酷暑。沖縄の温かさはとっても魅力的、とはいえこの暑さと日差しはヤバい。外を歩けば汗をかくどころか顔面が溶ける。

たまに一念発起して出かける先は、キラキラと美しくきらめくビーチ、を夢見ながらのドン・キホーテ(家から徒歩15分)。ある時そこで動画配信サービス用の某デバイスをうっかり衝動買いし、テレビの大画面で24時間アニメや映画を楽しめるようになってしまった。

当時の沖縄はまだ緊急事態宣言下。「こんな時はむやみに外出せず、家に引きこもるのが正義」という大義名分を得て、ロクに家を出ず、ロクに転職活動もせず、堂々と胸を張りながら来る日も来る日も名作アニメをイッキ見し続けた。”預金残高”という現実から目をそらした無職は地球上最強の生き物である。

野良猫スポット、那覇の希望ヶ丘公園。彼らは銀河系最強の生き物
野良猫スポット、那覇の希望ヶ丘公園。彼らは銀河系最強の生き物

「このままじゃヤバい」廃人手前の転職危機一髪

「わたし、このままじゃヤバくない???」

そんな危機感は、お告げのように突如やってくる。

何がヤバいのか。好きな時間(ほぼ昼)に起き、好きなだけアニメを見ながら好きなものを好きなだけ食べ、好きなだけ飲み、好きな時間に寝る、そんな生活を一人で好きなだけ続けたらどうなるか。答えは明白で「社会復帰がみるみる困難になる」である。あとみるみる太る。とてもヤバい。

正直、もう少し無職でいたい。束の間の”人生の夏休み”を謳歌していたい。でも、いつかまた働き出す日のために、廃人になり切る前に。せめて、”真人間の生活”を取り戻さなければ。

ということで、まずは早起きから始めることにした。ただ、自分が「早起きするぞ」という意志だけで早起きできる人間でないことはよく分かっている。朝優しく起こしてくれる同居人も脳内にしかいない。

そこで、役所の手続き、友人との電話、宅配の受け取りなど、あらゆる予定を朝に組み込んでは”起床せざるを得ない状況”を作った。グータラぼっちに必要なものは根性論より強制力。

また、「家に引きこもり過ぎないように」と、午後からはできるだけ外に出ていろんな場所をウロウロと徘徊するようにした。もともと歩くことが好きで、普段から半径5~6km圏内程度であれば徒歩で移動することが多い。

酷酷酷暑も日傘をさせばまだマシで、歩行距離は思いのほか毎日伸び、ある時は国際通り辺りから浦添のパルコシティまで歩いた。徒歩2時間、往復4時間。県内の友人に報告すると「たぶんその日沖縄で一番歩いた人間は真崎だよ」と言われた。悪い気はしない。

パルコシティからの帰り道。歩行者は誰もおらず、気分よく熱唱しながら歩いた
パルコシティからの帰り道。歩行者は誰もおらず、気分よく熱唱しながら歩いた

そして、一番の懸念であった転職について。大変ありがたいことに、かつてのご縁で声をかけていただき、とある県内企業で働かせてもらえることになった。

これは今回の沖縄移住における一番の幸福だと感じている。少人数の会社で社員さんは圧のない穏やかな方々ばかり、業務内容も性に合っている。「労働と胃痛は常にセット!ときどき号泣!ごくまれに嘔吐!」という働き方がデフォルトだったわたしに舞い降りた奇跡の労働環境。神と社長に圧倒的感謝。

そして手に入れた穏やかな沖縄生活。次なる目標は

そして現在、2度目の沖縄暮らしスタートから早くも半年以上が経過。

平日はさかさかと働き、土日はひとりで、ときどき友人たちとフラフラ遊ぶ。そんな、地味で平凡な愛すべき沖縄ライフを送っている。特段スペシャルな出来事が起きることもないが、「やっぱり沖縄に来て良かったな」とふわふわ実感する平和な日々だ。そして生活がある程度落ちついた今、次なる目標は「ともに楽しく暮らせるパートナー作り」である。人生の最優先事項たる「ラブ」を求める婚活王にオレはなる。

そんなわけで、”一般人女性(32歳・沖縄)がつづる等身大の雑記”というニーズがあるのか不明な読み物を今後この場でお届けしていく所存である。人生に疲れた夜更けにでも、寝そべりながらダラダラ読んでもらえると大変嬉しい。

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