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護佐丸と阿麻和利の謎に迫る!ぐしけんさんが中城村の歴史を丸ごと体験してきた
沖縄のレジェンド・具志堅用高さんが、まだ知らない沖縄の魅力を再発見する『ぐしけんさん』。今回は中城村にある「護佐丸歴史資料図書館」を訪れ、琉球史最大の謎とも言われる「護佐丸・阿麻和利の乱」の真相に迫りながら、中城村の知られざる歴史を学んできたよ!
「護佐丸さんよく出ますよね。だけど、まだ詳しくは僕、あんまり知ってなかったんですよね」と、ぐしけんさんが正直に告白! 知ってるようで知らない、沖縄の歴史の奥深さ……。これは一緒に勉強するしかない! ということで、さっそく施設に飛び込んでいった2人なんだけど、学べば学ぶほど「えっ、そういうことだったの!?」の連続だったんだよね。
目次
「相手の戦いだから……相方積み!」まさかのぐしけんさん正解
施設に到着してまず目に入るのが、どっしりとした石垣の外壁。
この外壁は、中城城跡の三の郭をイメージしてデザインされていて、間近で石の組み方をじっくり観察できるのも嬉しいポイントだよ。
「これ、何積みか分かりますか?」と、学芸員の澤岻さんがぐしけんさんにクイズを出してくれたんだ。
選択肢は3つ。野面積み・布積み・相方積みのうちどれか? 澤岻さんから「野面積みはまずないです」とヒントをもらったぐしけんさん、しばらく考えて……。
「戦いだからな。城のやっぱ相手、相手の戦いだから……相方積み!」
なんともざっくりした理由なんだけど、これが大正解!澤岻さんいわく、石がパズルみたいにお互いしっかり結びついているから「相方のよう」ということで、相方積みというんだそう。ぐしけんさんの直感、さすがレジェンドだよね(笑)。
床一面が中城村!航空写真に釘付けのぐしけんさん
施設に入ってすぐ、展示室の床一面に広がる中城村の航空写真にぐしけんさんが釘付けに。
「今どこですか?」と聞くと、「これが現在地で、中城城跡はこちら」と指を差してくれた。
自分が今いる場所や、以前訪れた中城城跡がどこにあるかを俯瞰で眺めると、不思議な感覚になるよね。中城村に住んでいる人は、自分の家がどこにあるか探してみるのも楽しそう!
12世紀から現代まで。壁いっぱいの年表が圧巻
展示室の左側の壁には、12世紀から現代にかけての中城村の年表がずらりと並んでいる。
澤岻さんの説明によると、沖縄最初の王統である舜天王の即位から、第一尚氏王統・第二尚氏王統の流れ、そして護佐丸の歴史、中城村の戦前・戦後の歴史まで、ぎっしりと詰まった内容になっているんだって。
この年表の中でぐしけんさんの目が止まったのが、「護佐丸・阿麻和利の乱」の欄。ここから、琉球史最大の謎に迫る話が始まるんだ。
琉球史最大の謎——護佐丸と阿麻和利はなぜ戦った?
1458年に起こった「護佐丸・阿麻和利の乱」。琉球の歴史を大きく動かしたこの出来事、実はその原因が今もよく分かっていないんだよね。
当時の勝連半島で一大勢力となっていた阿麻和利が、琉球王府を狙うにあたって邪魔な存在だった護佐丸を陥れようと、「護佐丸が謀反を企んでいる」と嘘の情報を琉球王府に流したとされている。それを信じた琉球王は、阿麻和利に護佐丸の討伐を命令。王府の旗を掲げた討伐軍が攻めてくるのを見た護佐丸は、「王府軍には逆らえない」と自ら命を絶った。その後、嘘がばれて阿麻和利も王府軍に滅ぼされてしまう。
これが後世に編纂された歴史書に書かれている大筋なんだ。
でも、ここで面白い話を澤岻さんが教えてくれた。
「実はですね、護佐丸の娘は尚泰久王のほうに嫁いで、その孫—百度踏揚(ももとふみあがり)というんですけど阿麻和利と結婚してるんですよ」
つまり、記録上では護佐丸と阿麻和利は家族関係にあったということ! ライバルどころか親戚同士なのに、なぜここまで対立するに至ったのか……。その理由は今も謎のままなんだって。
ぐしけんさんも「へえ……」と思わず声をもらしてたけど、確かにこれは不思議すぎるよね。さらに、後世に歴史書を編纂したのが琉球王府という点も見逃せない。「忠臣・護佐丸、悪者・阿麻和利」という構図は王府の見解であって、阿麻和利こそ農民たちの英雄だったとする説もあるんだ。当時の資料がほとんど残っていないため、真実は今も霧の中。だからこそ、これだけ多くの人を惹きつけ続けるんだろうね。
この出来事によって当時の二大勢力がほぼ同時に消滅し、結果として琉球王国の安泰へとつながっていくというのも、歴史の皮肉というか、面白さを感じるよね。
1440年、護佐丸は中城グスクに"引っ越してきた"
「護佐丸が全部作ったんじゃないんですね」と、展示を見ながらぐしけんさんが驚いていたのが、中城グスクの建設の話。
実は中城グスクはもともと、「先中城按司」と呼ばれる按司が14世紀頃に築いたもの。護佐丸が座喜味城からここに移ってきたのは1440年のことで、移ってきた際に三の郭と北の郭を増築したんだそう。
展示室には中城城跡の1/100スケールのジオラマが置かれていて、護佐丸が住んでいたとされる一の角も確認できるよ。
「え、動物園もあったの!?」中城城跡の意外すぎる過去
歴史の話が続いたところで、澤岻さんから飛び出した衝撃の情報。沖縄戦後に米軍の指令によって「沖縄を盛り上げるための施設を中城城跡に作ってほしい」と要請があり、中城公園として整備された時代があったんだそう。中城公園となり、遊園地や動物園があったんだって!
「闘牛場もあったんだね!」とぐしけんさんが驚いていたけど、それだけじゃない。馬を走らせる馬場もあったし、城跡の崖下には動物園が広がっていたというから、今の静かな世界遺産のイメージとは全然違うよね。
戦前には役場や小学校まであったというんだから、中城城跡の数奇な歴史、なかなか奥が深い。
「今もう入れないっていうことか」とぐしけんさんが聞くと、「危ないので入れないです」とのこと。ちょっと残念だけど、現在の世界遺産としての姿が守られているのは大切なことだよね。
中城村出身の漆器職人・宮城清さんの作品も必見!
歴史展示だけじゃなく、中城村八重出身の漆器工芸家・宮城清さんのコーナーも見どころのひとつ。2018年に沖縄県無形文化財「琉球漆器」の保持者に認定された方で、琉球王朝時代の螺鈿の技法を復元して様々な漆器を作り続けているんだって。
展示されているのは「瑞雲蒼龍」という復元品と、貝釣りの技法をベースに制作された「薫風」という作品の2点。遠くから見ても輝きが伝わってきて、「すごい、もう輝きが……!」とアシスタントが思わず声をあげるほど。生地からすべて手作りで、器の制作・塗り・加飾まで宮城さんが一人でこなしているというから、その技術の高さには驚くばかり。
漆器の製造工程も展示されていて、どうやって漆器が作られるのかがとても分かりやすく紹介されているよ。
「これ電話!?」「これ枕でしょ!」懐かしの民具コーナーで爆笑
歴史の勉強をしていると思ったら、突然笑いが起きたのが民具コーナー。展示されていた黒電話を見た望ちゃんが「これ、うちまだ実家にあります!」とコメントすれば、澤岻さんが「もう今の子たちはこれ何って聞いてます」とひと言。
さらにぐしけんさんが木の枕を手に取って「これ枕でしょ。痛いよ、これ。だけどこれでね、これで寝てたんだよ」と語ると、畳めることも実演してくれて、みんなで盛り上がっていたよ(笑)。澤岻さんいわく、「意外とこれが一番受けてる」とのこと。歴史の展示よりも身近な道具のほうがリアクションが大きいのも、なんかわかる気がするよね。
2階の郷土コーナーで"沖縄の戦前"を知る1冊に出会う
展示室を堪能したあとは、図書館へ。1階は絵本や図鑑など子ども向けの児童書が中心で、2階は郷土コーナーとして沖縄・中城村関連の本がずらりと揃っているよ。
澤岻さんが強くおすすめしていたのが、「戦前の中城」という1冊。フルカラーで、村内の各集落の位置や解説、戦前の仕事、そして屋号(今でいう住所にあたるもの)まで細かく記載されているんだって。戦前・戦中・戦後の中城村の歴史や人々の暮らしが凝縮された内容で、中城村以外の人にとっても貴重な資料になりそう。
「いい本なので、ぜひ」と澤岻さんがシンプルに一言。そのひと言に説得力があったよ(笑)。
ぐしけんさん、中城の深さに感動
たっぷり学んだ2人。最後にぐしけんさんが感想をひと言。
「やっぱ勉強するところいっぱいありましたね。中城っていうところがどれだけやっぱり歴史に深い方々が住んでいたかっていうのを」
その言葉、めちゃくちゃ共感できるよね。護佐丸・阿麻和利の謎、動物園が広がっていた城跡の過去、漆器の精緻な技術……。知れば知るほど、中城村の奥深さが伝わってくる。
澤岻さんも「護佐丸が大好きという人はもちろん、グスクや歴史に興味がある方も、実際に見ていただいたあとに来ていただいてもすごく楽しめると思います」と話してくれたよ。中城城跡を訪れる前の予習としても、訪れた後の復習としても最高の場所だから、ぜひ足を運んでみてね!
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