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新里 一樹

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起業家に大切なのは「自分の欲求に素直に向き合うこと」棚原生磨さんインタビュー

新里一樹 Me We OKINAWA

私のコラムは沖縄県が掲げる「稼ぐ力」をキーテーマとしている。前回から日本再興のカギを握るとして位置付けられているスタートアップにスポットライトを当て、沖縄のスタートアップ界隈でご活躍の方々にお話をうかがっている。今回は株式会社Alpaca.Lab代表取締役の棚原生磨(いくま)さんに取材を申し込んだ。

目次

スタートアップに必要な起業家マインド

前回記事のコザスタートアップ商店街の豊里健一郎さんには、沖縄からスタートアップ企業を生み出すために必要なエコシステムと、魅力的な街づくりについてうかがった。

インタビューのなかで私なりに整理したのが、スタートアップ企業を輩出するために必要な要素のレイヤーは3つの階層になっており、1つ目が街づくり、2つ目がエコシステムであるということである。

3つ目の階層はスタートアップ企業そのものになるが、その企業を運営するのはなかにいるヒトである。つまり、起業家マインド(アントレプレナーシップ)をもったヒトをいかに醸成していくかが3つ目の階層で重要だと考えている。

スタートアップを輩出するため必要な要素は3つのレイヤーから構成される
スタートアップを輩出するため必要な要素は3つのレイヤーから構成される

そこで今回は起業家マインドとは何か?を、運転代行呼び出しアプリサービスを展開している、株式会社Alpaca.Lab代表取締役の棚原生磨さんにうかがった。

棚原さんは、中学生〜高校生に家族でのハワイ州への移住や、マサチューセッツ州へ留学を経験。日本の大学を卒業後、日本企業に就職。教育事業や産学連携事業に従事したのち、株式会社Alpaca.Labを沖縄で設立した。運転代行呼び出しアプリサービスを沖縄についで福岡でも展開し、事業規模を拡大している。2022年10月に行われた「B DASH CAMP 2022 FALL in FUKUOKA」では福岡市コラボレーションピッチの部に出場し見事優勝、さらに翌11月に開催された「Fukuoka Growth Next CALLING PITCH」では最優秀賞に輝いている。

代行呼び出しアプリ「エアクル」を展開する株式会社Alpaca.Lab代表取締役 棚原さん
代行呼び出しアプリ「エアクル」を展開する株式会社Alpaca.Lab代表取締役 棚原さん

ハードシングスが多いといわれるスタートアップで情熱の火を絶やさないために、どういうマインドセットが必要なのかを聞く。

電子工作への好奇心が育まれた幼少期

――棚原さん、本日は宜しくお願いします。みなさんにうかがっているのですが、まず、幼少期といまがどのようにつながっているのか探るため、棚原さんの生い立ちや家庭環境を聞かせてください。

棚原さん
「生まれは那覇市です。幼い頃からメカニックが好きでした。2歳くらいのときに家から抜け出して、近所にあったバッティングセンターのピッチングマシーンを見ていたと聞いています。」

――2歳ですか!ちなみにそのときの記憶って残っていますか?ピッチングマシーンを見ていたのですか?それとも、バッティングをしている人を見ていたのですか?

棚原さん
「うっすらと覚えています。バッティングをしている人ではなくて、マシーンの方を執着して見ていました。

その傾向は小学生の頃にも続いていて、たとえば電車そのものが走っているのを見るよりも、裏側の機構がどうやって動いているのか?ということにとても興味を持っていました。家にあったパソコンを分解して、中身を見てはまた組み立てることに熱中したり、ラジオや懐中電灯、無線機をハンダゴテを使いながら組み立てたりしていました。」

――それはご家族や周囲の影響を受けてのことだったのでしょうか?

棚原さん
「父の影響ですね。大学の先生をしていた父が、趣味で電子工作をしていたのを見て興味を持ちました。小学生の頃には機械の組み立てだけではなくて、プログラミングもできるようになって、自作のゲームを作っては遊んでいました。いま考えると、同世代で抜き出てITリテラシーが高かったかもしれません(笑) 」

小学生の頃の棚原さん。既にパソコンに興味を持ち、インターネットの時代が来ると予感していたそう。
小学生の頃の棚原さん。既にパソコンに興味を持ち、インターネットの時代が来ると予感していたそう。

海外留学で感じた沖縄とのギャップ

――プロフィールを拝見すると、中学生でハワイ移住したと書かれていましたが、ご家族で移住されたのでしょうか。

棚原さん
「そうです。父の仕事の都合で、家族全員、ハワイで暮らすことになりました。中学2年生の頃ですね。僕、ハワイに行くまで英語はメチャメチャ苦手で『I can』のcanの意味も良くわかっていませんでした。なので、最初は苦労しました。

周りが何をいってるのか分からなかったので、引きこもってパソコンに向かう日々が始まりました。自分でホームページを立ち上げてアクセス数を稼いだり、本格的にプログラミングを始めたりしたのもこの頃です。おかげで僕はハワイの海で一度も泳いだことありません(笑)」

中学生時代にハワイに家族で移住。お姉さん(写真左)は当時から英語が堪能だったが、棚原さんは言語の壁に苦労したという。
中学生時代にハワイに家族で移住。お姉さん(写真左)は当時から英語が堪能だったが、棚原さんは言語の壁に苦労したという。

――それはもったいないですね(笑) その後、一度沖縄に戻ってきてから、今度は高校生でアメリカ本国のマサチューセッツ州へ留学に行かれています。英語が苦手でも留学してよかったと感じることはありましたか?

棚原さん
「自分自身(アイデンティティ)を表現することの重要性を得たのは大きかったです。自分は母集団のなかの一人なんだと気がついたのは留学を経験したからで、何とかして自分自身を表現しないと埋もれてしまうのではないかという、ある種の恐怖や焦りのようなものを感じました。

一方で、沖縄にいるときは真逆の経験をしています。『出る杭は打たれる』という言葉があるように、沖縄では自分自身を表現すると煙たがられて、実際、陰湿なイジメにもあいました。同調圧力のようなものが働く社会が日本や沖縄にはあると思います。

ところが、海外ではこれでは生きていけません。留学経験を持つ仲間と話していても、同じように感じている人が多かったように思います。」

アイデンティティを表現することの重要さを痛感した高校時代の米国留学。この経験が起業という選択肢に影響。
アイデンティティを表現することの重要さを痛感した高校時代の米国留学。この経験が起業という選択肢に影響。

――なるほど。沖縄ではある種の同調圧力があって、息苦しさを感じていた。海外留学は語学の壁にぶつかりながらも、逆に自分を表現しないと生きていけないと感じた。これがいまの起業という選択につながっているのでしょうか?

棚原さん
「そうですね。直接的かはわかりませんが、少なからず起業という選択につながったと思います。学生時代から社会人になっても『自分はもっとやれるのではないか?』と自問していました。それに加えて、父の影響を受けたのかもしれません。

先ほども話したように大学の先生をしていた父は、自身の研究分野を突き詰めていき、自然科学の分野において世界と渡り合い、人類を一歩前に進めていくことをしていました。その様子を近くで見て育ったので、僕も自分自身の人生において何かしらテーマを持ちたいと思っていました。

いろいろと自問して、自分のやりたいことをするには、起業が早いのではないかと思うに至りました。」

棚原さんが考える起業家マインドとは?

――自分の興味を突き詰め、自分の可能性を信じることが、起業家としての棚原さんの根源にあるようです。その一方で、起業家マインドやアントレプレナーシップという言葉に対して棚原さんはどのように捉えていますか?

棚原さん
「起業家マインドで僕が最も重要だと感じているのは、自分は何が好きなのか?という自分自身の根本欲求を理解し、それを自分で否定してはいけないということです。自分の欲求を自分でしっかり理解した上で、それを他人に説明できるようにする。起業というのは必ずしも自分の思いどおりにいくとは限りませんし、社会を変えたい、良くしたいという気持ちだけでは、どこかでポキっと折れてしまう可能性があります。そのときに自分の欲求に立ち返れるようにしておかないと、なかなか続かないのではないか?というのが僕の考えです。」

――それはとても重要なことですね。自分の欲求って子どもの頃ははっきりと表現できても、大人になるにつれてなぜかいい表すのが難しくなっていく気もします。

棚原さん
「まさにそのとおりで、難しいんです。学生向けのセミナーで『何がしたいの?自分の好きなことを教えて?』と問いかけたことがありますが、答えはなかなか返ってきません。この場合、思考を変えて『何が嫌い?何をしたくない?』と聞くことから始めます。それくらい自分の欲求を理解することは難しいです。

ですが、起業家にとってはとても重要で。たとえば起業家の界隈では『レジリエンスを身につけましょう』といわれることがあります。レジリエンスとは、自己に不利や困難な状況があっても、うまく対応していく”しなやかさ”や”はね返す力”を持ちましょうということです。けれど、いきなりレジリエンスを身につけましょうといわれても、どうやって身につければ良いか分かりませんよね。

僕は『死んでも絶対にこれだけは嫌だ』とか『何がなんでも絶対にそれだけはやりたい』というのを自分が理解しているから、困難な状況もはね返すことができるのでは?と思うのです。ストレスを抱えることが多いなかで、最終的に基準になるのは自分の気持ちです。そのときに自分の欲求を理解しているかどうかはとても大切だと思うのです。」

社会人や学生向けのセミナーにも度々登壇し、起業家マインドの重要性や、自身の考え方を伝えている。
社会人や学生向けのセミナーにも度々登壇し、起業家マインドの重要性や、自身の考え方を伝えている。

ハードシングスへの対応方法

――起業して『エアクル』という運転代行呼び出しサービスを展開されるなかで、これまでさまざま苦労や困難な状況に向き合ってきたと思います。そのような状況に直面した場合、どのように乗り切るのか教えてください。

棚原さん
「事業上の難しさというのはたくさんあると思います。僕たちがサービス展開している運転代行という業界は、ある意味保守的な分野で、そこにDXや新しいものを導入しようとすると拒否反応が出ることもあります。ただ、僕としては保守的な部分にこそ課題があると思って起業しているので、そこは粛々と解決していくほかありません。

それよりも事業を進めていく上で、資金が枯渇しそうになったり、人が辞めていったり、計画どおりの成果が出ないときに、経営者としてどうマインドを保つのか、モチベーションを維持していくのかがとても重要だと思います。人によっては身体を壊したり、心が折れたりするでしょうし、僕自身もあっちこっちやられながら進んできました。

困難な状況を乗り越えていくためには、冷静に整理して解決していくことが求められます。ここで難しいのは、人間には『感情』が付きまとうことなのです。悲しい、かわいそう、辛い。これらを一旦飲み込んで、消化していかないと前に進めません。ではどうやって消化するのかというと、僕の場合は、忘れることと強引にねじ伏せることの二つです。」

――「忘れること」と「強引にねじ伏せること」ですか。興味深く面白い表現ですね。そのためには具体的にどのようなことをされていますか?

棚原さん
「語弊がないようにお伝えしますと、もちろん反省した上で忘れるというのが基本なのですが、他の起業家のお話を聞いても、みなさんいろいろな方法で忘れる時間を設けるようにしていますね。たとえば、散歩やマラソンをしたり、スポーツやほかの趣味に没頭したりで忘れているようです。僕の場合はマラソンで忘れます。

もうひとつ、ねじ伏せるという部分ですが、これは僕にとっては筋トレです。筋トレすると自信があふれて前向きになれるんです。精神は肉体に引っ張られるといいますが、まさにそのとおりだと思います。」

強靭な精神は強靭な肉体に宿る。何だか武士道みたいですねと笑顔で語る棚原さん。
強靭な精神は強靭な肉体に宿る。何だか武士道みたいですねと笑顔で語る棚原さん。

――確かに!私の知っている大学教授も「筋トレすることで性ステロイドホルモンの分泌が促進され、気持ちが前向きになって自信にあふれると科学的に証明されている」といっていました。

棚原さん
「筋トレを趣味にしている経営者が多いのも、このようなところから来ているかもしれませんね。スポーツって心地よい疲労感が得られるので、睡眠の質も上がります。眠れないという状態は良くありませんので、マラソンや筋トレによって適度な疲労感を得つつ、身体コンディションを維持しながら、忘れる、ねじ伏せるということを実践しています(笑)」

最も困難だった経験、それは…

――私から客観的に見る棚原さんは、先ほどおっしゃっていたレジリエンスが身についている人だなと感じています。はね返す力というよりも、しなやかさという表現に近いと思います。そんな棚原さんにとってこれはかなりキツかった、落ち込んだというエピソードがあれば教えてください。

棚原さん
「たくさんあります(笑) そのなかで、今年3月、福岡県で事業拡大を目指しているときの話をご紹介します。

運転代行というサービスは、その性質から3月、4月の歓送迎会シーズンが最も多く利用されます。当時は、福岡県で実績を作ることが次の資金調達にもつながるという、非常に重要な局面でした。気合十分で臨んだのに、フタを開けてみると何もかもうまくいきません。これに対して、出資者からも身内からも責められ、それでも結果は出ないというキツい状況に追い込まれていました。

ちょうどその頃、プライベートでは子どもが産まれて3ヶ月くらい。日中は事業を、夜は子どものお世話があり、ほとんど睡眠がとれない状況でした。

そのような状況で追い詰められた結果、自分で勝手に四面楚歌のような雰囲気を作ってしまって、周りと衝突ばかりしていました。あれは僕も周りも本当に辛かったと思います。いま振り返るとそこまで危機的な状況でもないのに、自分で危機を作り出していたような感じでした。」

――冷静な判断のためにも睡眠は大事ですね。こんなにもご苦労や困難な状況があるなかでも乗り越えていけるのは、先ほどうかがった自分自身の欲求に対して真摯に向き合っているからだとも感じます。

棚原さん
「起業家って何があってもすべて自分の責任だと思います。だけど人間って完璧じゃない。自分の苦手なところもあれば、怠惰なところもある。常に自問自答して、薄氷の上を歩いているような感覚です。だけど、こういうときこそ『これがやりたい』『これを実現したい』という欲求に立ち返ることが重要で、この自己の欲求が起業家としての信念につながっていくと思っています。」

輝かしい栄光の裏で起こるハードシングスと日々戦いながら、棚原さんのチャレンジは続いていく。
輝かしい栄光の裏で起こるハードシングスと日々戦いながら、棚原さんのチャレンジは続いていく。

インタビュー後記

インタビューから、いつも飄々としている棚原さんの内面をうかがい知ることができた。まさにレジリエンスという言葉がしっくりくると思っていたが、そのしなやかさは自分自身としっかりと相対することで生まれたものだとインタビューを通して分かった。きっと棚原さんご自身のなかから湧き上がる知的好奇心に対して、素っ裸で向き合っている、そういう人だと感じた。

最後に、「ネット上で公になりますが、こんなに赤裸々に話しても大丈夫ですか?」と確認してみたところ、「むしろキラキラしたところだけを切り取られることの方が違和感があって、起業するとハードシングスの方が多いという部分をもっとリアルに話していくことの方が重要だ」といっていたのが印象深かった。「僕の事業が成功すればロールモデルになるし、仮に失敗しても原因をオープンにすることで、そこから学習ができ、次世代の起業家にとってプラスになるかもしれない」と。

少年のような探究心を躊躇なく素直に曝け出す。これが棚原さんの魅力であり、きっとそこから起業家マインドが形成されるのだと思った。

次回は、沖縄のスタートアップを支える機関のStartup lab Lagoonを運営している、一般財団法人沖縄ITイノベーション戦略センター(ISCO)の浦崎共行さんと、押切加奈子さんにお話をうかがう。

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