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金城 わか菜

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母の故郷・久米島へ(ほぼ)初めての旅【金城わか菜のカフを下げて】

金城わか菜アナウンサー(OTV 沖縄テレビ)のカフを下げて―

目次

先日、家族で久米島に行ってきました。

母の故郷・久米島へ(ほぼ)初めての旅|金城わか菜のカフを下げて
那覇空港からおよそ30分

私が久米島を訪ねるのは、入社一年目「めざましテレビ」のロケ以来のこと。
島のミステリースポット「おばけ坂」を取材してとんぼ返りだったため、名所を巡ったり特産物を味わう暇もありませんでした。

今回は仕事ではない1泊2日の旅。
母、姉、それに姪っ子たち、息子たちと、総勢7人。
なんともにぎやか…いや騒がしい旅となりました。

実は久米島は、母の生まれ故郷。
10歳頃まで島で暮らし、一家全員で沖縄本島・旧コザ市(沖縄市)に移り住んだそうです。

もう親戚も知人もいないため、母自身も島に戻るのは随分久しぶりとのこと。
姉と私、そして子どもたちも「ばぁばの島に行く!」と期待に胸を膨らませていました。

旅の様子を少しだけ紹介します。

久米島のシンボルといえば!五枝の松

島に到着して真っ先に向かったのは

国指定天然記念物・五枝の松

母の故郷・久米島へ(ほぼ)初めての旅|金城わか菜のカフを下げて
久米島のシンボルツリー

樹齢250年余の琉球松です。
枝が地面を這うように伸びて、小高い丘のように見えます。
五枝どころではありません。五十枝、いや百枝ではないでしょうか。

母は幼い頃、五枝の松の近くで数年間暮らしていたことがあり、生まれたばかりの妹(私の叔母)と撮った写真が残っています。

母の故郷・久米島へ(ほぼ)初めての旅|金城わか菜のカフを下げて
乳飲み子だった叔母も、今では還暦を迎えています

詳しいアングルはわかりませんでしたが、1歳の坊や(私の次男)と再現してみました。

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母と松の木の再会

いまじゃ久米島の名物!車エビそば

久米島といえば、クルマエビ。
そのクルマエビを使った名物料理があるということで行ってきました。

母の故郷・久米島へ(ほぼ)初めての旅|金城わか菜のカフを下げて
顔出しパネルはなぜかヤギ!ヤギ料理店ではありません。

ここの看板メニューは

車海老そば!

母の故郷・久米島へ(ほぼ)初めての旅|金城わか菜のカフを下げて
エビもどっさりのって豪華!

実はこのそば、3年前に植草アナがニュースの特集で紹介したことがあるんです。
私はスタジオでVTRを見ていたんですが、その時からずっと気になっていました~。

久米島産の食材にこだわり、世界的なコンテストでもトップに輝いたこともあるんですよ。
これが沖縄そば!?と思うほど、濃厚エビだしスープはとろとろ!
海洋深層水を練りこんだ麺にスープがしっかりからんで、もやしにはエビのエキスがしみ込んでいて、大満足の一杯でした。

母の故郷を訪ねた旅でしたが…

そのほか博物館や久米島ホタル館などをめぐり、帰路についた私たち。
子連れ旅行でもあったため、ほとほと疲れ果てました。

そして母はなんだか不満そうな表情…。
(いや、かなりはっきり愚痴を言われました…笑)

母の故郷・久米島へ(ほぼ)初めての旅|金城わか菜のカフを下げて
久米島の東部から渡れる奥武島の畳石(あれ?思ったより小さい)

島の時間はゆっくりと流れているように見えましたが、母が暮らしていたのはもう60年も前のこと。
道路は舗装され母校への道のりも母の記憶では曖昧となり、長く暮らした生家跡へも行けませんでした。

果たしてどんな旅程にすれば母が納得いくものになったんだろう~と、時折母に対してワジワジ~しながら、切なさも同時に沸き起こってきます。

母にとっては、心の中にある故郷はもうどこにも存在しないことを、改めて思い知った旅だったのかもしれません。

初めて母と訪れた久米島。
祖父母も他界した今、あの頃の家族の思い出を語れる者は少なくなりました。
またいつか母と一緒に、記憶を手繰り寄せながら私自身のルーツでもある風景に出会える旅ができたらいいなと思います。

母の故郷・久米島へ(ほぼ)初めての旅|金城わか菜のカフを下げて

そして何よりも今回、孫たちにとって「ばぁばが生まれた島に、ばぁばと行った!」という経験は、それぞれの成長とともに熟成していつか彼らを支えるものになるはずと信じています。

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