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「手嶌葵 15th Anniversary Concert 〜Simple is best〜」目の前の世界の色を塗り替える圧倒的な声の力

手嶌葵

とにもかくにも、圧倒的な“声の力”に瞠目し、浸り、体感する公演だった。
南城市の鍾乳洞「ガンガラーの谷」に特設ステージを設置して開催された「手嶌葵 15th Anniversary Concert 〜Simple is best〜」。手嶌さんがMCで口にした「鍾乳石から落ちてきた雫を浴びて、魔法にかかったような気持ちになりました」という言葉通り、観客も含め会場全体に魔法がかかったような一夜になった。

数十万年前の鍾乳洞が崩れてできたガンガラーの谷は、自然のホールのような形状になっている。頭上には無数の鍾乳石が垂れ下がり、入場したその瞬間から非日常感に足を踏み入れることになる。
鍾乳洞でのライブは沖縄テレビが主催する「Breezing Hall Project」の一環だ。風が通り抜ける中で、さまざまなジャンルのアーティストが幻想的な空間の中でパフォーマンスを披露しており、今回の公演が6回目。ステージのすぐ横には数万年前の遺物が出土する発掘現場もあり、他に類を見ないロケーションだ。開演前から、満員となった会場で客席が緩やかに昂っていることが空気を通して伝わる。

手嶌葵

ステージ奥の階段から手嶌さんが現れると、会場が拍手で迎えた。位置につき暗転すると、沈黙と、少しの緊張感が張り詰める。その瞬間、繊細なピアノの和音が響き始めた。静寂を丸ごと包み込むような優しい歌い出だしで「The Rose」が始まった。一言一言どころか一文字一文字をきめ細かく丁寧に発声する歌声は、会場の空間全体を穏やかに揺さぶり、一息で変えた。

「とても素敵な所で歌えるのが嬉しいです」。手嶌さんが笑顔を浮かべながら、ささやくような声でそう話すと、ギタリストを呼び込む。「沖縄にぴったりなこの曲を」と添えて、「Can’t Help Falling In Love」のイントロが鳴り出す。ピアノとギターの音色はロマンティックながらもどこか爽やかな夏も感じさせる演奏に、手嶌さんの歌う声が気持ちよさそうに乗っている。

続く2曲はデビュー作となった『ゲド戦記歌集』から、宮崎吾朗監督のジブリ映画『ゲド戦記』の物語世界を表現した楽曲たち。牧歌的な雰囲気の「ナナカマド」から、多くの人が手嶌さんの歌声を知ることになったであろうテーマソング「テルーの唄」に流れ込む。
「夕闇迫る雲の上/いつも一羽で飛んでいる/鷹はきっと悲しかろう」。冒頭部分のアカペラには、声1つで幻想的な世界をその場に作り出して客席を飲み込む、圧巻と言える強度があった。青や橙の光に照らされた頭上の鍾乳石が神秘的で、『ゲド戦記』作中で舞台となる世界「アースシー」の空気を吸っているかのような感覚を覚える。

手嶌さんはほんのかすかに身体を揺らしてリズムをとり、左手を胸にあてながら、歌詞を噛み締めるようにじっくりと歌い上げる。フレーズの継ぎ目の特徴的なブレスも歌唱の重要な要素として機能していて、声そのものが唯一無二の楽器のようだ。

映画『西の魔女が死んだ』の主題歌「虹」から、アンデルセンの『雪の女王』をモチーフにしたという「岸を離れる日」を続けて披露して、「静かな曲が続きましたけど、今度は手拍子をお願いします」と話すと、ジブリ映画『コクリコ坂から』の楽曲「朝ごはんの唄」。軽快なピアノのリズムに合わせて客席に手拍子を求めながら、可愛らしい歌詞をにこやかに歌う。
 一転してメランコリックなピアノの戦慄が紡ぎ出される。同じく『コクリコ坂から』の「さよならの夏」だ。「夕陽のなか 呼んでみたら/やさしいあなたに 逢えるかしら」という歌詞に呼応するように、会場が黄昏の色に照らし出される。曲中の抒情的なピアノソロでは、映画を観た人も観てない人もそれぞれの脳内で何らかの“郷愁のワンシーン”が再生されただろう。

15分の休憩を経て、後半1曲目は軽やかなリズムの「Voyage a Paris 〜風に吹かれて〜」。曲名通り、風のような歌声が会場を吹き抜ける。「初めて作詞をした曲なんです」と紹介して歌い出した「ちょっとしたもの」は、ボサノバ調のリズムで甘美な情緒を感じさせる。歌詞に出てきたアイスクリームにちなんで、「国際通りを散歩した時に食べた、ブルーシールのココナッツのアイスがめっっちゃ美味しかったんです」というエピソードも披露して会場の笑いを誘った。

その話の流れのまま、マリリン・モンローの「I Wanna Be Loved By You」ではアイスクリームのような甘やかな歌声を響かせる。鍵盤ハーモニカとガットギターの音色は風情がありつつ、リラックスした空気を演出し、心地よく身体を揺らす観客もちらほら。立て続けにブルージーな演奏が鳴り出すと、ディズニー映画の楽曲「Cruella De Vill」に突入。笑顔を見せながらも挑発するよな歌唱と、ギターとピアノのエキサイティングな掛け合いが楽しい。

草原の風景が浮かぶような「想秋ノート」、清涼感のあるギターのアルペジオが印象的な「真夜中のメロディ」と、どこか懐かしさを感じさせる2曲を経ると、「たくさんの感謝を込めて」とひと言前置きして「明日への手紙」で本編の締め。「あすを描くことを/やめないで/今夢の中へ」。サビの詞にあるシンプルだが強靭なメッセージは、この日1番の力強さを感じさせる歌声で会場に響いた。

「とても名残惜しいですが」と微笑んで手嶌さんが退場してからも拍手は止まず、アンコールに突入。歌ったのは映画『みをつくし料理帖』の主題歌で、ユーミン作詞作曲の「散りてなお」。どことは言えないけれども日本の風景をイメージするような五七調の言葉が並ぶ詞が、遠くから聞こえてくるような優しく穏やかなトーンで紡がれていく。
 
「最後の曲は本来なら知ってる人は一緒に歌ってください、とお願いするんですけど、今日は1人で歌います。……あ、ずっと1人で歌ってましたね(笑)」と1人でノリツッコミをして最後まで会場を和ませた。「ぜひ心の中で歌ってくださいね。早くマスクがなくなって、皆さんの笑顔が見えて、歌声が聞こえますように」。そう語りかけて歌ったのは「エーデルワイス」。どこまでも優しく暖かな歌声が、目の前に見えている世界を浄化していくような、祈りそのもののに包み込まれているような時間だった。

歌い終えた手嶌さんは「大好き!沖縄。ありがとう」と笑顔で手を振ってステージを後にした。
帰路につく観客の多くの人たちが満足げで、なおかつ長い長い余韻にひたっていることが表情で分かった。手嶌さんの声の力や大自然の特異なロケーションが公演の白眉だったことは間違いないが、そこに「音の良さ」も特筆すべき点として加えておきたい。冒頭1曲目、手嶌さんのひと言目の発声を耳にした刹那、音質のクリアさに目を見開いた。音が良い、という根本的かつシンプルだが重要なファクターが声や言葉の持つ力、そして楽曲の持つ世界観を最大限増幅して観客に届けることに大きな役割を果たしていたと感じた。

「同じ野外だけど夏フェスとかとも全然違いますね。目の前に大きな岩や鍾乳石もあって、こんなに勇壮な自然の中で歌うことはめったにないので、神秘的で貴重な体験でした」。終演後のインタビューで、手嶌さんはそう感想を語った。客席が埋まる前のリハーサルと本番では全く音が変わり、本番では自身の歌声や演奏、そして観客の拍手も含めた音の響きに温もりが宿ったように感じたという。「洞窟だからちょっと寒いのかな、と思っていたのですが、むしろ温かみがありましたね」。
沖縄で歌うのは3回目で、ワンマンライブは今回が初めてだ。いつまでも聴いていたいこの歌声を望む人はおそらくまだまだいるだろう。「また歌いに来たいですね」と、穏やかな笑顔を見せた。

【BreezingHall2021手嶌葵15th Anniversary Concert ~Simple is best~】
2021年12月4日/ガンガラーの谷(沖縄県南城市)/主催:沖縄テレビ放送

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