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OKITIVE編集部

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“沖縄移住”総まとめ!沖縄県に住むならどこが良い?本島(南部・中部・北部)や離島、リゾート地、市街など…リアル移住体験記

目次:”沖縄移住”総まとめ!沖縄県に住むならどこが良い?
・モデル武智志穂は沖縄県南城市に移住のリアル
・大都会!?那覇に移住した独身男性ぶっちゃけ談
・沖縄移住で開業しゴミ拾いダイバー東真七水
・独身女性は世界の誇れる海がある恩納村へ移住
・『沖ツラ』作者はうるま市に移住して作家活動を
・いちばん小さな町に沖縄移住して見つけた幸せのカタチ
・毎日が非日常!?北谷移住にこだわった10年のリアル
・沖縄北部の名護移住は都会と自然のゴールデンバランス
・石垣島移住16年!酸いも甘いも知った私の本音物語
・独身〜家族ライフステージで激変!私の沖縄移住ストーリー
・便利すぎる楽園・豊崎で見つけた究極の沖縄移住生活
・子育て世代必見!地元民が明かすリアル糸満移住ライフ
・沖縄移住者が明かす、愛すべき沖縄のナゾ25連発!
・沖縄移住…あなただけの「最高の沖縄」を見つける旅へ。

【不便が消えた楽園?】沖縄・名護市で見つけた、都会と自然のゴールデンバランス

沖縄移住して11年、名護市に住んでみたら、住みやす過ぎて不便がなくなった

「沖縄移住」と聞くと、どこか不便さを覚悟するイメージはありませんか?「車がないと生活できない」「都会の便利さとはサヨナラ…」そんな不安を抱く人も少なくないはず。
しかし、この記事を執筆してくれた五十嵐梨花さんは、沖縄本島北部の中心都市「名護市」で11年暮らし、「住みやす過ぎて不便がなくなった」と断言します。東京から沖縄へ、そして縁あってたどり着いた名護の地。

彼女がそこで見つけたのは、豊かな自然と驚くほどの利便性が共存する、まさに「とかいなか」の理想郷でした。彼女の11年間のリアルな体験談から、私たちがまだ知らない名護市の魅力と、幸せな沖縄移住のヒントを探ってみましょう。

「名護市」にたどり着くまで。沖縄移住のリアルな道のり

五十嵐さんの沖縄移住は、多くの人が抱くような「沖縄の海が好きで!」というキラキラした理由だけではなかったと言います。東京での暮らしに疑問を感じ、もっと自分らしく生きられる場所を模索する中で、沖縄という選択肢が浮かび上がりました。

移住当初、彼女が住んでいたのは名護市ではありませんでした。しかし、人生の転機である結婚を機に、夫の地元である名護市へ。正直に言うと、当時の彼女にとって名護市は「何もない場所」という、少しネガティブな印象だったそうです。「那覇は遠いし、友達もいない…」そんな不安を抱えながら始まった名護での新生活。
しかし、その第一印象は、住み続けるうちに180度、いや、それ以上にポジティブなものへと劇的に変わっていくことになるのです。この沖縄移住のセカンドステージが、彼女に本当の豊かさを教えてくれました。

「ないものが、ない!」驚くほど便利な名護市の暮らし(メリット)

11年という歳月の中で、五十嵐さんが最も実感しているのは、名護市の驚くべき「利便性」の向上です。

1. 買い物も病院も、すべてが揃うコンパクトシティ

かつての「何もない」という印象は、今や昔。大型ショッピングモールのイオン名護店をはじめ、スーパーやドラッグストア、飲食店が充実しており、生活に必要なものは市内でほぼすべて揃います。医療機関も充実しているため、子育て世代にとっても安心感は絶大。この「都会的な便利さ」と「田舎ののどかさ」が共存する「とかいなか」感こそ、名護市の最大の魅力です。

2. やんばるの自然を遊び尽くす、最高の拠点!

名護市は、世界自然遺産にも登録された「やんばる」の玄関口。少し車を走らせれば、美ら海水族館や古宇利島といった人気観光スポットへも気軽にアクセスできます。市内に目を向ければ、21世紀の森公園のような広大な公園や美しいビーチがすぐそこに。都会の便利さを享受しながら、豊かな自然を日常的に楽しめる。これほど贅沢な沖縄移住の形は、なかなかないでしょう。

もちろん良いことばかりじゃない!リアルな「不便」と、その変化(デメリット)

もちろん、最初から完璧だったわけではありません。彼女が感じてきたリアルな「不便」とその変化も見ていきましょう。

1. やっぱり遠い「那覇」との距離感

那覇空港までは、高速を使っても車で1時間半以上。これは、今も変わらない物理的な距離です。県外への出張や旅行の際には、移動だけで半日仕事になることも。友人たちが集まる那覇でのイベントに参加しにくい、という寂しさを感じることもありました。

2. ペーパードライバーには試練の「車社会」

沖縄移住に車は必須。例に漏れず名護市も完全な車社会です。もともとペーパードライバーだった五十嵐さんにとって、運転は大きなハードルでした。最初は夫の運転なしではどこへも行けず、不自由さを感じる日々。しかし、自ら運転するようになって初めて、名護市の本当の魅力と自由を手に入れたと言います。

3. かつては感じた「何もない」という感覚

移住当初は、今ほどお店も多くなく、夜は真っ暗。東京の華やかさを知っているからこそ、「何もない」と感じてしまう時期があったのも事実です。しかし、街の発展と共に物理的な不便さが解消され、彼女自身の心のあり方も変化していきました。

「不便」を超えた先に見つけた、私だけの「住みやすさ」

名護_沖縄移住

11年前、五十嵐さんが感じていた「不便さ」は、街の発展と彼女自身の心の成長によって、いつの間にか「最高に住みやすい場所」へと変わっていました。もちろん、物理的な不便さが解消されたことも大きいですが、それ以上に変わったのは価値観です。

那覇への距離よりも、すぐ近くにある豊かな自然を大切に思い、都会の刺激よりも家族と過ごす穏やかな時間を何よりも尊重する。何に価値を置き、何を大切にするか。その答えを見つけたとき、名護市は彼女にとって「不便がなくなった」理想の街となりました。

この沖縄移住の物語は、幸せのかたちは人それぞれだということを教えてくれます。あなたもぜひ、自分だけの「最高の住みやすさ」を見つける旅に出てみませんか?

名護_沖縄移住

名護市の沖縄移住記事

沖縄移住して11年、名護市に住んでみたら、住みやす過ぎて不便がなくなった

1ヶ月健診を終えた長女を抱えて東京から沖縄県名護市に移住しました。はじめて暮らす土地でのはじめての子育ては、なかなかハードな環境。しかし居心地がよすぎて、あっという間に11年が経っていました。
沖縄移住して初期は不便だなと思っていたことは、いまとなってはデフォルトに。ほかにも選択肢がある状況で名護市にい続ける理由や、不便さをどう許容していったのか、私の体験談でご紹介します。
名護市ないし、沖縄県北部へ移住を検討している人の参考になれば幸いです…

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