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平良 いずみ

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桜の花の咲く頃に想う恩人 映画『ちむぐりさ』のこと①【平良いずみのよんな~よんな~通信】

平良いずみアナウンサー(OTV 沖縄テレビ)よんな~よんな~通信

今年も沖縄に桜の季節がやってきた。
曇天続きのこの時期に、ひときわ鮮やかなピンクの花を咲かせる寒緋桜を見て想う恩人がいる。

その恩人とは、2020年に公開した映画『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』の主人公である坂本菜の花さん、そして、菜の花さんが辺野古の海で出会った地元の海人の仲村圭吾さんだ。

(映画「ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』・・・15歳でひとり北国・能登半島から沖縄へやってきた坂本菜の花さんの目に映る沖縄の素顔を描くドキュメンタリー。2020年公開)
映画「ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』・・・15歳でひとり北国・能登半島から沖縄へやってきた坂本菜の花さんの目に映る沖縄の素顔を描くドキュメンタリー。2020年公開

2019年2月24日、曇天の空の下、沖縄では新たな基地建設のための辺野古埋立ての是非を問う県民投票が行われた。その日、辺野古へ向かった菜の花さんに声を掛けてきたのが、条件付きで埋立てを容認している仲村さんだった。
その時のことを菜の花さんは著書『菜の花の沖縄日記』(図書出版ヘウレーカ)に記している

ーーー「ちょっとこわもての人だったし、怒られるのかと思ってビクビクしていた私に『怖くないよ、スマイル、スマイル』と言って話し始めてくれました。反対ではない人に会うのは初めてでした。私は聞きながらポロポロ涙が止まらなくなりました」

仲村さん「俺の考えよ、沖縄は植民地なわけよ。反対しても止まらない。だったら条件付きで受け入れる。後輩のために・・・」

彼なりの正論に、静かに耳を傾けていた菜の花さんは号泣する。
そして、彼女はかつて自分の故郷・石川県に建設される予定だった米軍基地が住民の反対運動の帰結として沖縄に押し付けられた歴史を思い起こし、懸命に言葉を紡ごうとする…。

聞き終えて仲村さんは、浜の先に見える島を指さして言った。
「基地が完成すると、島が見えなくなる」
その時、菜の花さんは「意見は違うけど、あの土砂が入れられている海を見る気持ちは同じだと感じた」という。

海人が本音を語った理由

辺野古が基地問題で二分されてから、もう四半世紀。人々は分断され沈黙するようになった。それなのになぜ仲村さんが本音を語ったのか。
後日、本当に菜の花さんとのやりとりを映画に使用していいのか確認するため電話を入れた。(断られたらどうしよう・・・)不安で受話器を持つ手が震える。長い呼び出し音の後、電話に出た仲村さんの口から語られたのは予想だにしないことだった。

「俺、癌なんだ。体調が急変し入院しているから、時間を置いて連絡してほしい」

頭が真っ白になった。
あの時、本音を語った理由を私は勝手に、県民投票の当日だったため想いが吹き出したのだと解釈していた。
でも、それだけではなかった・・・。彼は地元の人々の想いを、痛みを伝えておかなければと切迫した想いに駆られていたのだと、後になってわかったのだった。

仲村さんが天国へ旅立ったのは、あの日から2年半が経った2021年の夏のこと。
54歳の若さだった。
海面がキラキラと輝いていた夏の日、私は仲村さんにお礼とお別れを言うため辺野古の浜に向かった。2年半前に取材した際に見えていた島は、無機質な冷たい光を放つコンクリートブロックでもう殆ど見えなくなっていた。

2021年夏 辺野古の浜にて
2021年夏 辺野古の浜にて
2021年夏 辺野古の浜にて
2021年夏 辺野古の浜にて

この海を生業の場としてきた仲村さんの悲しみの深度はどれだけ深いものだったのか…。
海人としての尊厳を踏みにじられる痛みはどれだけのものだったのか…。
涙が止まらなくなった。
その時、浜に吹く風に乗って、「なんで綺麗な海見に来ているのに泣くか?笑って帰れよ」と、泣きじゃくる菜の花さんに掛けた仲村さんのぶっきらぼうだけどあったかい声が響いた気がした。

一瞬の命の鼓動を記録したい

県民投票で7割が埋立て反対の意思を示したが、あれから3年、辺野古の埋立ては進む。
無力感が降り積もる。曇天の空を見上げる時のように心が塞ぐ。
私ごときにできることは、ちっぽけすぎる。
でも・・・、曇天の空の下で咲く桜を見て奮い立つ。
桜は一瞬にして散るが、その輝きを映像に刻むことで伝えていくことはできる。
同じように、この時代を生きる人々が心の奥底に沈めてきた哀しみ、言葉、そして優しさ、美しさ…が引き出される一瞬の命の鼓動を記録し伝えることは、ちっぽけな自分にもできるのではないかと。美しい桜をみて、背筋がシャンと伸びる。

人として澄み切った菜の花さんが引き出してくれたから記録できた命の鼓動の数々を映画に刻みつけた。惜しみなく力をかしてくれた菜の花さんには感謝しても、してもしきれない。
そして・・・、
仲村さん、あなたが後輩たちと辺野古の海で始めたいと言っていたグラスボートが春風に乗ってあの大海原を走る日がくることを、心から祈っています。感謝の合掌。

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