エンタメ,おでかけ,タレント・芸人,テレビ
600年前の”罠城”に潜入!ぐしけんさん、座喜味城跡の秘密にびっくり!
沖縄のレジェンド・具志堅用高さんが、まだ知らない沖縄の魅力を再発見する「ぐしけんさん」。
今回は読谷村にある世界遺産・座喜味城跡へ!
アーチ門に石積みの秘密、そして敵を罠にはめる”行き止まり”まで、築城の名手・護佐丸が仕掛けた600年前のトリックにぐしけんさんが驚きっぱなし。
「なんで来なかったかなって思ってたのよ、僕」なんて言いながら、最後は大感動!
そんなリアルな反応が笑えて、でも思わず「行ってみたい!」と思わせてくれる、最高の沖縄歴史旅をどうぞ。
目次
「護佐丸さん、すごかったんだね」――世界遺産のお城、初潜入!
「座喜味城跡、初めてですか?」とアシスタントの與那嶺望さんに聞かれた具志堅さん、「はい、来たのは」とさらっと答える。そう、ボクシングの世界チャンピオンとして沖縄を代表するレジェンドである具志堅用高さんも、実は今回が座喜味城跡に初めて足を踏み入れたんだよね。
沖縄県読谷村に位置する座喜味城跡は、琉球王国のグスクおよび関連遺産群のひとつとしてユネスコの世界遺産にも登録されている場所。曲線が美しい城壁と、沖縄最古のアーチ門が有名で、歴史好きはもちろん、観光客にも人気のスポットだ。そしてこのお城を作ったのが、「築城の名手」と呼ばれる護佐丸という人物。
「あの有名な、護佐丸さんのね」とぐしけんさんが言うと、「実は築城の名手としても知られているそうなんですよ」と補足。二人でワクワク感を高めながらいざ出発!
まずはユンタンザミュージアムで予習!「石の積み方にパズルがある!」
座喜味城跡の入口に隣接するユンタンザミュージアムにやってきた二人。ここで案内役を務めてくれるのが松田 香怜さん。
まずはお城のジオラマをじっくり観察するところからスタートした。
「かなり大きいよね」とぐしけんさんが目を丸くするほどの精巧なジオラマ。石積みまでしっかり再現されていて、お城の全体像がバッチリわかるようになっている。
座喜味城が作られたのは15世紀の初め頃。当時は「三山時代」と呼ばれる戦国状態で、複数の勢力が琉球をめぐって争っていた時代だった。尚巴志(しょうはし)が琉球の統一を目指す中、対抗勢力を監視するための戦略的拠点として、護佐丸がこのお城を築いたといわれている。
「このとき三山時代と呼ばれる戦争状態だったので、戦略的に重要な砦を築くために、かなりスピーディーにたくさんの人を使って作られたと言われてます」と解説してくれた。
そして、その立地もすごい。読谷村の中で人が住める場所の中で一番高い、標高125メートルの丘の上に建っているんだって。「那覇方面も見えますし、北山の勢力のほうも睨みを利かせることができる」という、まさに戦略上最高の場所だ。
石積みには3種類!「布積」「野面積」「相方積」ってなに?
座喜味城の城壁には、実は3種類もの石積みの方法が使われているんだよね。
松田さんが丁寧に説明してくれたのが以下の3つ。
布積(ぬのづみ)
四角く加工した石を積み上げる方法。まるでレンガを積むみたいな感じで、主にアーチ門の周辺に使われていて、整然とした美しさが特徴だ。
野面積(のづらづみ)
自然の石の形をそのまま活かして積み上げる方法。加工せずに石の個性を生かすのがポイント。大きさや形がバラバラな石を組み合わせていくので、センスが問われる積み方だよね。
相方積(あいかたづみ)
石を五角形や六角形に加工して、互いに噛み合うように積んでいく方法。強度と耐久性が増すのが特徴で、より高度な技術が必要とされている。
「いろんな形で積み上げることによって強度が出るんですよ、噛み合うので」という松田さんの解説に、ぐしけんさんと與那嶺さんも「へえ〜」と納得の様子。城壁ひとつを見るだけでも、これだけの知識と技術が詰まっているんだね。
「沖縄最古」のアーチ門、ついに対面!「悪い人が入ってこないようにね、ちっちゃくしてんだね」
ミュージアムでの予習を終えた二人は、いよいよ本物の座喜味城跡へ。
目の前に現れたのは、美しい曲線を描くアーチ型の門。琉球石灰岩で丁寧に積み上げられた石垣に囲まれた、風格漂う入口だ。でも、よく見ると——思ったより小さい。
「あまりこれ、大きくしてないんだね」とぐしけんさんがつぶやくと、「悪い人が入ってこないようにね、ちっちゃくしてんだね」と自分で納得。與那嶺さんも「守りやすいようにってこともあるかもしれないですね」と補足。人が2人並んで通れる程度の大きさしかないこのアーチ門は、敵が一度に大勢入り込めないための工夫なんだって。
実はこのアーチ門、沖縄に現存する最古のアーチ門としても知られている。発掘・復元事業の際に、もともとの石積みの積み方を忠実に再現したもので、このデザイン自体は昔の人たちが作ったもの。それが今もこうして残っているって、なんか感動しない?
階段もただの階段じゃない!「ここでスピード落とさせるように」
アーチ門をくぐると、続くのは石段。でもこれもただの階段じゃないんだよね。
「段の高さがバラバラだったりとか、ガタガタしてたりとか、攻め込まれたときに攻めにくいっていうふうな工夫がされているのかなと思います」と松田さんが明かす。
「ここでスピード落とさせるように」とぐしけんさんがすかさず反応。そうなんだよ、登りにくくすることで、敵の侵攻スピードを落とす作戦!単なる入口ひとつに、これだけの軍事的な知恵が詰め込まれているなんて、護佐丸って本当に頭がいいよね。
「恩納村から人のリレーで!?」――石を運んだ壮大なエピソード
城内に入ると、その広さに二人は驚き。「うわ、こんな広いの」とぐしけんさんが目を見開く。城壁に使われているのは琉球石灰岩で、当時のものが今も使われているんだそう。足りない部分は沖縄県内の琉球石灰岩で補っているんだって。
「護佐丸が築城した当時は、お隣の恩納村の山田城から石を運んできて、ここを築城したと言われているんですね。与論島とか、沖縄本島以外の島々からも人夫を呼び寄せて、たくさんの人数で石をリレー方式で渡して渡して運んできたというふうに言われてます」と松田さん。
「恩納村から人のリレーで!?」と與那嶺さんも思わず驚嘆。クレーンはおろか、重機なんて一切ない時代に、これだけの石垣を人力だけで作り上げたんだよ。しかも島外からも人を集めて。その規模を想像するだけで頭が下がるよね。
「カーブの理由」がダム並みの発想!600年前から使われてた力学的工夫
城壁がゆるやかにカーブしているのが座喜味城の特徴のひとつ。でも、これは単なるデザインじゃないんだよね。
「座喜味城跡が建ってる場所は琉球石灰岩の上ではなくて、赤土の上なんです。地盤がちょっと緩いということがあって、強度を出す必要がありました。そのためにカーブが多用されてるんですけど、黒部ダムのダムの壁ってカーブになってるの分かりますか?カーブにするとかかる力が分散されて強度が増すんですよ」と松田さんが教えてくれた。
アーチ式ダムと同じ原理を、600年以上前にすでに取り入れていたってこと!「こういった工夫が、今から何百年も前から用いられてたっていうのが分かる遺跡ですね」という松田さんの言葉には、思わず唸ってしまう。護佐丸の知性のレベル、半端ない。
さらに、このカーブには軍事的な意味もある。「外から攻めてきた敵を上から、カーブの形になってることで、集中攻撃することができるんですね。なので座喜味城は守りも堅い城だと言われてます」と松田さん。美しさと機能性を兼ね備えた、まさに天才的なデザインだよね。
「わざとこう作ったの!?」――行き止まりの罠に全員驚愕!
さあ、ここからがこの回いちばんの見どころかもしれない。松田さんが「ちょっと面白い場所を見てみますか」と二人を連れて行ったのは、城の側面に続く通路。
「普通に最初のアーチ門から敵が攻めてきたら、感覚的にはまっすぐ向こうに向かいますよね」と松田さん。でも正面はがっちり守られている。「その場合、どこから攻めようって考えるかと思います」
「もうあっちしか行けない」と與那嶺さん。正面がだめなら側面に回るしかない——敵も同じことを考えて、その道を進んでいったはずだ。
そして二人が辿り着いたのは……行き止まり!
「実は行き止まりなんです、こちら」という松田さんの言葉に、「わざとこう作ったの!?」とぐしけんさんが素っ頓狂な声を上げる。「はい、そうです」という松田さんの答えに、「うわ、賢い!」と爆笑気味に驚く。
「ここで行き止まりにして、また狙い撃ちに会うという。しかもここ、すごい傾斜が強いですよね。引き返して戻ってくるのも大変なんですよ」と松田さんが解説する。
つまり、側面に回った敵は進退窮まる袋小路に入り込み、その上から城内の兵士に狙い撃ちにされるという最悪のシナリオが待っている。思わず「めっちゃ考えられて作られてる!」と感嘆の声が上がる。
野面積みと相方積みの壁、間近で見るとすごい迫力!
この行き止まりエリアの周辺の石垣には、先ほど学んだ野面積みと相方積みの2種類が使われている。実際に目の前で見ると、その迫力がまったく違う。
野面積みの壁は、自然石がそのまま積み上げられているぶん、ゴツゴツとした表情がある。形も大きさもバラバラなのに、きちんと組み合わさってひとつの城壁を作り上げている。
一方の相方積みは、多角形に加工された石が互いにぴったりと噛み合って、まるでパズルのよう。石と石の隙間がほとんどなく、美しい幾何学的なパターンが生まれている。この精密さ、本当に人の手で600年以上前に作ったの?って疑いたくなるほどだ。
一の郭は本丸!でも井戸がない?「残波がおいしいのはそのためか!」
さらに一行は、城の最も高い場所にある「一の郭」へ。ここが本丸にあたる場所で、建物跡の柱穴も残っている。
「瓦が出てないので、おそらく茅葺きとかの建物だったんじゃないかなと考えられてます」と松田さん。本格的な住居というより、軍事拠点としての役割が大きかったとのこと。
ここでぐしけんさんが「水はどうしたの、水」と聞くと、松田さんから衝撃の事実が。「座喜味城跡には井戸がないんですよ」
「ここにないの!?」とぐしけんさんが目を丸くする。
では水はどこから?「座喜味城周辺にたくさん「カー」と呼ばれる湧き水が出る場所がありまして、一番近くだと100メートルくらい下の方にあります。座喜味は読谷村内でも特に「カー」が多い場所なので、そういったところから水を汲んできて使っていたと思われます」と松田さん。
「だから『残波(泡盛)』がおいしいんだ!」とぐしけんさん思わずひとこと。場を和ませる絶妙なボケに松田さんも「そうなんです、はい」と笑顔で応えた。
城内に井戸がないだけでなく、実は沖縄各地の城に必ずと言っていいほどある「御嶽(うたき)」もないんだって。それもこれも、軍事的役割に特化した城だからだと考えられているそう。
「首里まで見えるし、本部まで見える」――一の郭の城壁の上から見た景色が最高すぎた!
一の郭の城壁は、敵を迎え撃つために上に登ることができる。ぐしけんさんが城壁の上に立った瞬間、思わず「これだよ〜!下にいるよりやっぱり上だよ〜!」と叫んだ。
「うわ、ここに立つと沖縄がちっちゃく感じますね」と與那嶺さん。首里方面も、本部方面も、遠くまで一望できる360度の絶景が広がっているんだよね。
「だって首里まで見えるし、本部まで見えるし」と感嘆する。「こういう見晴らしがいいっていうのも戦略上有利な条件の1つなので、ぜひここに城を建てたいと護佐丸は思ったのかもしれないですね」と松田さん。本部も、勝連も、首里も、遠く那覇方面まで手に取るように見渡せるこの場所。敵の動きを察知するには最高のロケーションだよね。
「なんで来なかったかな~って思ってたのよ」から「やっぱり世界遺産だね!」へ
城跡をひととおり見て回ったぐしけんさんに、感想を聞いた。
「いやー、もうね、びっくりした。こんなに立派な。やっぱり世界遺産だね」とぐしけんさん。「何で来なかったかなっ感じしとったのよ、僕」とも打ち明けた。
来る前はそんなに期待していなかったのに、実際に来てみたら大感動——これぞ、座喜味城跡の底力だよね。
「来てやっぱり偉いね、やっぱり護佐丸さんは。すごかったんだね、やっぱり」というぐしけんさんの言葉は、見学を終えた後の本音として重みがある。そして「これはやっぱり沖縄県民もこういうのを見にいっぱい足運んでね、見てほしいよな」と、地元の人たちへのメッセージも伝えてくれた。
「ちょっと身近に感じてもらいたいですね」と松田さんも微んだ。
「ぐしけんさん」は、YouTubeでも配信中!
あわせて読みたい記事




