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水野 暁子

水野 暁子

日本最西端の与那国島で「籠(かご)」と出会い15年。幸せな暮らしを編む『教えて島暮らし 〜沖縄移住者の声〜』

日本最西端の与那国島で「籠(かご)」と出会い15年。幸せな暮らしを編む『教えて島暮らし 〜沖縄移住者の声〜』

東京から沖縄本島の那覇まで南西に約1,600km、那覇からさらに南西に約400~500km離れた場所に位置する八重山諸島は、石垣島を中心とした12の有人島と多くの無人島から構成されています。

この連載では、石垣島を中心に八重山諸島の島々に暮らす移住者から「島暮らし」のリアルな体験談や思いを紹介していきます。

今回は、茨城県出身で与那国島に移住して15年目になる石栗千尋(いしくり ちひろ)さん42歳を紹介します。

与那国島は、日本の最西端に位置し、東京からは約2,000キロメートルを超える場所にあります。お隣の台湾までは、なんと約111キロメートルという近さです。空気が澄んだ日には与那国島からうっすらと台湾が見えることもあるそうです。

南ぬ島石垣空港から与那国空港までは、小型プロペラ機で約35分。あっという間の空の旅ですが、プロペラ機での移動は、旅好きの心を冒険心で満たしてくれること間違いなしです。

目次

茨城県から与那国島へ

Q:名前と年齢を教えてください。
A:石栗千尋 42歳です。

Q:出身地はどこですか?移住して何年目になりますか?
A:私は茨城県出身、夫は北海道出身です。移住して15年目になりました。

Q:家族構成を教えてください。
A:夫、娘の3人家族です。

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家族3人の写真

島の植物から民具づくり

Q:お仕事は何をしていますか?
A:与那国島に自生する、つる性植物の「トウツルモドキ」をはじめ、クバの葉、マーニ(クロツグ)など、島の植物を素材に、手作業で籠や暮らしの民具を作っています。

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籠を編む千尋さんの手
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トウツルモドキで作られたイディル。元々はぶら下げるための紐が付いており、冷蔵庫がない時代、柱などにぶら下げて、猫やネズミ除けとして食べ物を入れる籠として使われていました。

Q:仕事に使う植物について教えてください。
A:主にトウツルモドキ、クバ、竹、マーニの新芽を材料として扱っています。
与那国の森に一歩足を踏み入れると、それらは豊富に自生しています。ですが、どれでもいいわけではなく。
例えばトウツルモドキを採取するときは、若芽は瑞々しく籠作りに向いていないので、ある程度の年数の経った女性の薬指程度の太さのなるべくまっすぐで脇芽や傷の少ないものを選びます。
また、森から命を分けていただくことを心に留めているので、切ったトウツルモドキは1本1本なるべく長く採取するように心がけています。

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クバの葉を乾燥させている
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作業場には、籠作りの材料となる植物などが大切に保管されている

採った材料は全て小刀で1本1本中のワタ部分を取り除き表面の皮のみにしていきます。そして表面の皮を小刀で削ることで内側の色が出て、それがトウツルモドキの籠の魅力となっています。
トウツルモドキの中ワタをきれいに取り除くことで、30年でも使える暮らしの道具となります。

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作業をする千尋さん

こうして森に生えていた植物を採取して籠を作り、それを使い、使わなくなったらまた森に返す(返還)ことができる、そんな暮らしの道具を自分自身の手で作ることができるということに感動と喜びを覚え、これが仕事にできたら最高に楽しいだろうなと想い、今に至っています。

Q:作品は、どこで購入することができますか?
A:籠の販売は、たまに開催する展示会や物産展、日本の籠を全般に扱う籠専門のお店や沖縄の手仕事を扱うお店などに卸しています。しかしひとつひとつの籠を作ることにとても時間がかかるので、あまり出せていません。
最近はインスタからの注文が多くなりました。もちろん工房内でも販売しています。

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トウツルモドキのみだれ編み籠
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クバの鍋敷き

手仕事が好きな方や自分でもものづくりをされる方、籠が好きな方や与那国好きの方、お店をされている方などさまざまな方が来てくれます。
自然から頂いた素材をなるべく無駄にしないように、籠作りで出た小さなハギレも取っておいて、沢山溜まったらそれでほうきを作ったり、小さな飾り物を作ったりしてなるべく捨てる部分がないように心がけています。

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トウツルモドキの飾り物
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トウツルモドキのピアス

与那国島に移住したきっかけ

Q:お住まいはどうしていますか?
A :一軒家を借りて住んでいます。籠作りを教えてくれたおじいの親戚の家が空き、おじいが私たちに貸してあげてと頼んでくれたおかげで、借りることができました。
昔商店だった家なので、倉庫がありそこを工房として使っています。

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工房は、もうじき4歳になる沙梛ちゃんが自由に出入りできるようになっている。

Q:移住した理由を教えてください。
A:今から15年前、与那国島の製糖工場に働きに来ていた頃、素敵な手提げ籠を持った島の方を見かけました。声をかけたところ「私の父が作ったものだよ」と教えていただきました。それが作者の、久部良竹仁おじいでした。

おじいを訪ねると「籠作りは1ヶ月はかかる。教えてほしいなら島に住みなさい」と言われました。

これが島に住むことを決めると同時に、籠作りを始めたきっかけです。

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籠作りの師匠でもあった、久部良竹仁さん作のワラとトウツルモドキの鍋蓋

与那国島暮らしの魅力

Q:島の魅力を教えてください、それはなぜですか?
A:良くも悪くも、何もないところです。
例えば今すぐ必要なものでも島に売っていなければすぐには手に入りません。ではどうするか。作るか?誰かに借りるか?待つか?諦めるか?など買う以外の選択肢を考えるしかないので、常に他の選択肢を考える癖がつきました。
なので、生活力というか生活の知恵がついた気がします。それもまた島の魅力のひとつかなと思います。

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窓際には、植物の種が瓶に入れられて並ぶ

あとは与那国島に移住して遊ぶ場所が少なく、浜に流れ着く漂着物を観察して遊んでいました。やがて、ゴミの中にも形や質感に惹かれる「ゴミではないもの」を発見し、それらを少しずつ集めるようになりました。
気がつけば、漂着物の観察と収集がライフワークになっています。

15年も収集を続けて増えた漂着物は工房内にもディスプレイとして展示しています。

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千尋さんが拾い集めた漂着物。子どもの玩具など、ちょっとこわかったり、おもしろかったり、千尋さんが集めた漂着物には不思議な魅力が詰まっている。

Q:移住してよかったことを教えてください。
A:海も山もすぐ近くにあり、籠の材料もすぐに採りに行くことができる。汗をかいたらお風呂のように海に浸かることができる。
いろいろなご縁がつながり、今の仕事ができ、自分らしい生活ができていることです。

島の暮らしと困りごと

Q:移住して困ったことはありますか?
A:専門医の診察が必要な病気になった場合、島では対応できないため、交通費や宿泊費などの出費がかさんでしまいます。必要なものがすぐ手に入らない。オンラインで商品を購入しようとしても、商品代金よりも送料のほうが高くなってしまうことが多々あり、諦めることもあります。

Q:地域の行事に参加していますか?
A:すべてではないですが、できる範囲で参加させていただいています。

Q:島の保育所、学校はどうですか?
A:保育所に子どもを預けたい人は多くいますが、保育士が不足しているため待機児童が多く、働きたくても働けないお母さんがいます。学年によっては同性の同級生がいない子もいるようで、そこが少し心配です。

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工房の前で遊ぶ沙梛ちゃん

Q:島の医療はどうですか?
A:診療所が一軒あります。診療所で診てもらっても、薬局に薬剤師がいないため、診療所に在庫のない薬はすぐに受け取ることができず待たなければいけないので不便です。
専門医がいないため、石垣や本土まで検査や治療を受けに行く必要があり、交通費や宿泊費がかかってしまうので出費がかさんでしまいます。
一番心配なのは、急性疾患を発症した場合に迅速な対応を受けることができないことです。子どもができてさらに実感しています。

Q:本土に帰ることがあればどのくらいの頻度で帰りますか?
A:年に一度、子どもの成長を見せにそれぞれの実家に帰っています。

Q:買い物はどうしていますか?
A:生鮮食品は基本的には島で、日持ちする食品や生活物資はオンラインショップで、送料無料もしくは送料が安い店を探して購入しています。知り合いの農家さんや友人から野菜をいただいたり、庭では少しですがハーブなども育てたりしています。

多くの人が草木に親しめる機会を作りたい

最後に、島内外で民具づくりのワークショップを開催し、多くの人が草木に親しめる機会を作りたいと話す千尋さんに、今後の目標や、やってみたいことを伺いました。

千尋さん
森から採取して、自分自身でヒゴ(編める様に中ワタを取る)を作り、籠を作る。この一通りのプロセスで私が感じた「小刀1本あれば、暮らしの道具を自分自身の手で作ることができ、そして使わなくなった時は、また森に返す(返還)」と言うような流れを体感してもらえるようなワークショップを開催できたらなぁと考えています。

島人が暮らしの中で何気なく使っていた「籠」との出会いが、千尋さんの人生を大きく変えることとなった与那国島移住のきっかけを作りました。千尋さんのお話を聞いていると、人生、どんなことがきっかけで、自分が幸せに生きる道が見えてくるのか、本当に人それぞれなのだと実感しました。

茨城からおおよそ2000kmにある、日本最西端の与那国島で、千尋さんは、籠と出会い、人生のパートナーと出会い、娘を授かり、日々自然のサイクルの中で手と体を動かし、良くも悪くも何もないからこそ、知恵を絞りながら暮らしを作っています。

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家族写真自宅前にて

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