エンタメ,おでかけ,タレント・芸人,テレビ,宜野湾市
「アイスを取り上げられたから負けた!」45年前の秘話が明かされた、具志堅用高さんの”最後の世界戦”舞台裏
沖縄のレジェンド・具志堅用高さんが、まだ知らない沖縄の魅力を再発見する「ぐしけんさん」。今回は、ぐしけんさんにとって特別な思い出の場所、うるま市にある具志川総合体育館を訪問! 老朽化により年内に取り壊しが決まったこの体育館は、ぐしけんさんの”最後の世界タイトルマッチ”が行われた場所なんだ。45年という時を経て、当時の控室や記念プレートを前に飛び出す秘話の数々——読んでいるうちに、あなたもきっとこの番組を観たくなるはず!
目次
「ちょうど45年前、ここで最後の戦いをしました」
体育館の入り口に立ったぐしけんさんの第一声は、「いやー、懐かしいなー」。アシスタントの望美さんに連れられてやってきたその場所は、1981年3月8日——具志堅用高さんが世界ライトフライ級タイトルを争った”最後の世界戦”の舞台そのものだった。
体育館内に足を踏み入れると、ぐしけんさんはすぐに記憶をたどり始める。「ここ右側に控室があったんだよ」「赤コーナー、青コーナーは向こうだったと思う」と、45年前の記憶を手繰り寄せながら館内をゆっくりと歩く姿は、どこかタイムスリップしたみたいで胸が熱くなる。
具志川総合体育館は老朽化が進み、早ければ今年10月にも解体が始まる予定。長年にわたって地域の人たちの思い出を刻んできたこの場所が、もうすぐなくなってしまうという事実が、今回のロケにどこか切なさをプラスしている。でもぐしけんさんは悲しむというよりも、しっかりと「目に焼き付けに来た」という感じ。その姿がまたかっこいいんだよね。
「うるま市長がファンすぎて駆けつけた!」記念プレートの前でまさかの展開
体育館の中を歩いていると、壁に飾られた記念プレートのところでなんとサプライズが! 待っていたのは、うるま市の中村正人市長。ぐしけんさんの大ファンで、「撮影がある」と聞いて駆けつけてきてくれたんだって。これには笑ったよね。市長がファンすぎて来ちゃうなんて!
記念プレートの前で、ぐしけんさんと市長がトークを繰り広げる。「市長一番にとって印象に残っている試合は何ですか?」と聞くと「やっぱりチャンピオンになったときの試合が一番。でもハイメ・リオスとの初防衛戦が大変厳しかったんですよ」と語った。「私も色黒いから、あだ名でハイメ・リオスって言われたこともあったんですよ」と笑いを誘う一幕も! ぐしけんさんが「じゃあ、ペドロ中村!」とすかさずあだ名を考え始めるくだりは、もう完全に友達のノリで最高だった(笑)。
そして気になるのが、取り壊しが決まった後のこの記念プレートの行方。ぐしけんさんが「石垣島に具志堅用高記念館があるから、そこに持っていきたいんですよね」と伝えると、中村市長がその場でレプリカを贈呈してくれたんだ!
「だけど私はこの本物が欲しい!」と正直に言ってしまうぐしけんさんがかわいすぎる(笑)。市長の説明によると、体育館を建てた旧具志川市長への確認が必要だったため、本物はまだ保留。でもレプリカを受け取ったぐしけんさんは「すてきだ!」と満面の笑みで、石垣島の記念館に飾る未来を楽しそうに語っていた。
「アイスクリームを取り上げられたから負けた!」45年越しの真実
ぐしけんさんを控室へと案内すると、そこで語られたのが今まで何度もテレビで話題になったというあの伝説のエピソード—「アイスクリームを食べなかったから試合に負けた」という話だ。
「よくテレビで言っとったらしいね」と。本当ですか?と聞くとぐしけんさんは「ほんとだよ」と即答。その詳細がまた面白い。
当時は試合当日の朝に計量を行い、夜に試合という過酷なスケジュール。計量を終えた後、午前中のうちに思いきり食べて糖分とエネルギーを体に蓄えておかないといけない。ぐしけんさんにはずっと守ってきたルーティンがあって、計量後に何を食べるかが決まっていたんだって。そのシメのデザートがアイスクリームだった。
「毎回ちゃんと全部食べて試合に出てたんですよ。最後の試合だけ食べてないから負けるんです、ほんとにもう」と、45年経った今でも悔しそうに語るぐしけんさんが愛しすぎる!
45年前のロッカーがそのまま残っていた!「さびてるじゃないですか!」
控室に入った瞬間のぐしけんさんのリアクションが最高だった。なんと、45年前に使われていたロッカーがそのまま残っていたんだよ!
「ロッカー撤去してないよ!」と目を丸くするぐしけんさん。「45年前のロッカーそのままだよ。さびてるじゃないですか!」と苦笑いしながらも、嬉しそうに控室を眺めていたよ。
ブルーシール社長がまさかの控室に登場!「当時はなかったウベを今こそ!」
アイスクリームの話が盛り上がったところで、控室にサプライズゲストが登場! 沖縄アイスクリームの定番中の定番、フォーモストブルーシールの村上社長だ。しかも、控室の机の上にはカラフルなアイスが並んでいる!
では、なぜ食べられなかったのか? 実は試合当日は日曜日で、当時の沖縄にはコンビニはもちろん、日曜日は商店も軒並みお休みだったんだそう。「アイスを売ってる店がないんだもん」とぐしけんさん。そんな状況でも、マネージャーがなんとかアイスクリームを探し出してきた! ところが!そのアイスを会長に取り上げられてしまったんだ。
「それでもう今でも忘れないよ、ほんとに」と語るぐしけんさんの言葉に、笑いながらもどこか同情してしまう(笑)。
今回ぐしけんさんに用意されたのは、当時はまだ存在しなかったウベ味のアイスクリーム。紫芋のような甘みのある沖縄・フィリピン系の風味で今や大人気のフレーバーだ。望美さんは塩ちんすこう味をチョイス。
ウベを一口食べたぐしけんさん、「いやー、これ食べとったら試合ほんと勝ってたんだよ、俺!」と即座にコメント。村上社長が「ちょっと遅かったですね、すいません」と申し訳なさそうに返し、望美さんが「遅すぎましたね、ちょっと」とツッコむ!(笑)
そしてここでぐしけんさんが語った衝撃の事実。当時の世界戦は今と違い15ラウンド制。ぐしけんさんは「8ラウンドまでは完璧に戦って、ぜんぶのラウンドを取ってたんですよ。でもそれ以降なのよ、自分でも分からない動きをしてた」と告白。糖分が足りなくなって体のエネルギーがなくなり限界だったというわけだ。「アイスクリーム一個で失ったんだから。タイトルを」という言葉は、笑えるようで笑えない、ぐしけんさんの人生最大の悔恨だったりする。
当時は試合2時間前に控室に入り、ウォーミングアップをしながらずっと静かに集中していたぐしけんさん。「一言もしゃべらないで、ゴングの音を聞いてるんですよ。ガンガンガンガンって」と語る場面は、ボクサー・具志堅用高の凄みが伝わってくる瞬間だった。
少し声を詰まらせて「リターンマッチだったから、もう早くノックアウトするつもりで待ってたんですよ」と語りながら、「でも試合がどこで終わったのか、控室に戻ってきたのかも分からないのよ。ここで大騒ぎして、あ、試合終わったのかって気づいたんだから」と続ける。やっぱりアイスが……! と思わずにいられないよね。
大先輩・島袋会長とのミット打ちが「貴重すぎる映像」に!
体育館のホールへ移動すると、またもやサプライズゲストが登場。
ぐしけんさんが「わあ、大先輩だよ! 島袋会長!」と驚きの声を上げた相手は、1975年に沖縄で初めてボクシングの世界戦に挑んだ島袋会長。
実はぐしけんさんがその世界挑戦前のスパーリングパートナーを務めていたという、深いつながりのある先輩なんだ。
「具志堅さんはいつもは若手のパンチを受ける側なんですが、今日は私がミットを受けます!」と島袋会長がミットを装着。何十年ぶりかに本格的なミット打ちを受けたぐしけんさん、「本物だ!」と感嘆の声を漏らしながらパンチを打ち続けた。
ミット打ちを終えた島袋会長は「まだパンチありますよ」と太鼓判。ぐしけんさんも「うわ、まだ動けますね。何十年ぶりにプロのミットを受けたんだろう」と嬉しそうに振り返っていた。
70歳とは思えない切れのあるパンチと軽やかなフットワーク。「さすが!」としか言いようがない。このシーン、絶対に動画で見てほしい!
「マイク落としました!」望美さんが司会のステージでまさかのハプニング
体育館のロケが一段落したところで、今度は体育館横の広場で開催されていたイベントに参加することに。なんと望美さんが司会の一人としてステージに立つことになり、ぐしけんさんをサプライズゲストとして呼び込む役を担当!
「大きな拍手でお迎えください、具志堅用高さん!」という呼び込みの声に続いて登場したぐしけんさんだったが、テンションが上がりすぎた望美さんがマイクを落としてしまった! 「バゴってすごい音がした」とぐしけんさんに指摘され、望美さんは「テンション上がりすぎちゃいました…」と苦笑い。バラエティ的においしいハプニングだったよね(笑)。
ステージでぐしけんさんは市民に向けて「もう俺の人生の中で一番心に残ってる場所ですね」とこの体育館への思いを語り、「3月8日、ちょうど45年前にここで戦いました」と振り返った。笑いあり、涙なし(でも目がちょっと潤んでた気がする)の、最高の一日だったようだ。
「寂しいな、俺」——レジェンドと体育館の、最後の再会
記念プレートを前にした中村市長との再会、45年前のロッカーとの対面、アイスクリームをめぐる笑えて切ない秘話、島袋会長との貴重なミット打ち——今回の「ぐしけんさん」は、笑いと懐かしさと少しのせつなさが詰まった、最高の回だった。
「寂しいな、俺」と体育館の取り壊しを聞いたときにポツリと漏らしたぐしけんさんの言葉が、今も耳に残っている。45年という歳月を経て、ようやく「最後の思い出作り」ができた場所。10月に始まる解体工事の前に、しっかりと目に焼き付けてきたぐしけんさんの姿は、ちょっとだけ胸を打つものがあったよね。
あわせて読みたい記事


