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ぐしけんさん

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王族の織物に、レジェンドが挑戦!具志堅用高さんが「首里染織館 suikara」で500年の伝統に触れてきた

沖縄のレジェンド・具志堅用高さんが、まだ知らない沖縄の魅力を再発見する「ぐしけんさん」。今回は首里の伝統工芸・首里織とびんがたの拠点「首里染織館suikara」を訪れ、歴史を学びながら実際に体験もしちゃう、濃厚すぎる回をお届けします!

目次

「首里(すい)から始まる」——2019年の首里城火災から生まれた場所

「ぐしけんさん、体験もやりたいですよね?」
アシスタントのゆりボブちゃんがそう声をかけると、具志堅さんは目をキラキラさせながら「染めるの?」と即反応。

この日2人がやってきたのは、那覇・首里にある「首里染織館 suikara」。
2022年4月にオープンしたばかりの施設で、王都・首里で生まれた首里織とびんがたの2つの伝統工芸を次の世代につなぐ場として誕生したんだよね。

3Fに那覇伝統織物事業協同組合、2Fに琉球びんがた事業協同組合の看板が掲示された施設内の案内板
施設の名前「suikara」は「首里(すい)から始まる」という意味を込めて命名されました。

この施設が生まれた背景には、2019年の首里城火災がある。あの火災は首里の観光などに大きな打撃を与えた。そんな状況の中、「沖縄の伝統工芸を通して、街に活気を取り戻したい」と、それまで別々の場所で活動していたびんがたと首里織の事業協同組合が一緒になり、この「suikara」を共同の活動拠点としたんだ。

建物は1階がショップ(両組合の職人さんが作った商品を販売)、2階がびんがたの作業室、3階が首里織の作業室という構造になっているんだって。

「王族しか着れなかった織り方もあった」——首里織が持つ5つの技法と格式

まず2人が向かったのは、1Fの展示ギャラリー。首里織を案内してくれたのは、首里織の職人・安座間さん。ずらりと並んだ作品を前に、安座間さんがとても興味深いことを教えてくれた。

「首里織は5つの技法がございます。昔、琉球王国時代に王族・士族の人たちがつけてた織物技法なんです」

昔の琉球には「衣服定め」というルールがあって、王族や士族しか着ることができない織物、そして身につけることが許されない色まで細かく決まっていたんだって。

私たちが今「suikara」で目にしているカラフルで美しい布は、かつては選ばれた人にしか許されなかった特別な織物や染物だったんだって。

14世紀の琉球では、東南アジアや中国、日本本土の染め織の技術を取り入れ、琉球の気候風土に合うものへと変化させてきた。琉球王府があった首里では、王妃や王族にあたる女性たちが織物を嗜み、技法を洗練させていったんだ。首里で発展した染め織物は、1983年に「首里織」と命名され、国の伝統的工芸品に指定されたんだ。現在では帯や着物のほかに、時代に合わせた小物やインテリアなども作られているんだよ。

「型紙を持って帰って守ってくれた」——消滅の危機を乗り越えた瓶型の歴史

続いて2人が向かったのは、びんがたのコーナー。案内してくれたのは、宜野湾で工房を構える職人の安里さん。

びんがたの歴史は「今から15世紀、500年ぐらい前に、貿易が盛んな頃にできたものです」と安里さんが教えてくれました。
琉球王朝の時代から続くびんがた。こちらも首里織と同様、かつては王族や士族しか身につけることができなかった格式ある染め物でした。

ゆりボブちゃんから「戦争の時にびんがたが途絶えそうになったりしたんですか?」と質問をしたら
安里さんがこんなふうに話してくれた。
「戦前に鎌倉義太郎さんという方が美術講師として赴任していて、型紙を持って帰ってたんです。で、戦後焼け野原になったところに、『これは沖縄のものですよ』って返してくれたのが、びんがたの古典柄なんですね。それを組合員一同 頑張って染めたりしてます」

ゆりボブちゃんが「守り続けてくださってありがたいですよね」と感慨深そうにつぶやくと、安里さんも深くうなずいた。
びんがたの最大の特徴は、染めた糸を織るのではなく、織った布に色をのせる「型染め」の技法を使っているところ。

琉球舞踊でもよく目にするあの鮮やかな衣装が、まさにびんがたなんだよ。現在は沖縄県の無形文化財、そして国の伝統的工芸品にも指定されている。

「デザインから最後まで全部1人でやります」——3階・首里織フロアの圧巻の世界

展示を見終わった2人は、いよいよ体験フロアへ。まずは3階の首里織フロアに上がった。
那覇伝統織物事業協同組合の吉浜さんが3階を案内してくれた。
具志堅さんが「すごい、大きい建物なんですね」と思わず声を上げるのも無理はない、壮観な光景だ。

3階は那覇伝統織物事業協同組合の拠点となっていて、組合員の方たちが作品作りをしたり、後継者の育成をしたりしているんだって。そしてお客様の体験を受け付けてもいるんだって。
そして驚いたのが首里織の制作工程。

「首里織はデザインから最後まで、1人でやります」
方眼紙にデザインを描くところから始まり、そのデザイン通りに糸を染めて、機にかけて、織り上がったら布を洗うところまで——すべて1人でこなすんだ。色の組み合わせもデザインも完全にオリジナル。同じものは二度とできない、まさに一点もののアート。
「デザインも、色も……すごい、ほんとに」と具志堅さんも感嘆していたよ。

頭の体操レベルじゃない!ぐしけんさんが機織りに挑戦

実際に体験させてもらうことになったぐしけんさん。体験を指導してくれたのは座波(ざは)さん。
「ペダルを左足で踏んでいただいて、左手で糸を持っていただいて、右手はこれをちょっと奥のほうに持っていただくと隙間ができるので、隙間に糸を通してもらいます。通したら1回トン、ペダルを踏み代えて2回トントン」
……え、これを同時にやるの?

左足踏む・左手で糸持つ・右手で道具を動かす・糸を通す・1回トン・踏み替えて2回トントン……という工程を同時並行でやらなきゃいけない首里織の基本「平織」。脳みそがフル回転するやつだ。
これを見ていた具志堅さん、なんと「これは脳トレにすごくいいよね。絶対にぼけないよ」と一言(笑)。確かに!

体験してみてわかったことは、九寸帯(名古屋帯)を1本仕上げるのに、糸の準備も含めると約3か月かかるんだって。気が遠くなるような話だけど、それがあの美しい帯を生み出しているんだよね。
3階では首里織の体験プログラムを実施していて、テーブルクロスや三線の胴巻きなどが作れる。体験の予約はsuikaraのホームページから。

「1日の集中力を半分ここで使いました」——2階・びんがた体験でトートバッグ作りに挑戦!

3階の興奮も冷めやらぬまま、今度は2階のびんがたフロアへ。

ここは琉球びんがた事業協同組合の拠点で、組合員が作品を作ったり後継者を育成したりしている。
一般の方の体験もうけつけていると案内してくれた宮城さん。

まず見せてもらったのが「型置き」という工程。もち米とぬかとお塩を混ぜて作った「海苔(のり)」と呼ばれるペースト状のものを、黒い型紙の上から海苔を布に置いていく作業だ。

型紙を外すと、絵柄が入る部分だけ海苔がついていない状態になる。そこに「色差し」といって、筆で色をのせていく。海苔のついている部分には色がのらないので、多少はみ出しても大丈夫という、なんともインテリジェントな技法!

そしていよいよ、ぐしけんさんがトートバッグ作りに挑戦!体験の工程は3段階。
1. 配色(塗り絵のように色をベタで塗る)
2. 2回塗り(同じ色を同じ場所にもう1回、生地にすり込む)
3. 隈取り(くまどり)(グラデーションをつける)
特に面白いのが3段階目の「隈取り」!グラデーションの色の組み合わせは、なんと500年の伝統で決まっているんだって。たとえばピンクのグラデーションには赤と緑しか使えないというように、使える色が厳密に決まっている。「500年の伝統を守っております」という言葉が、なんとも重く、かっこよく響いた。

「色を付けるってのも難しいですね」と具志堅さん。2本の筆を片手で持ってグラデーションをつけるという、聞いただけで手がぷるぷるしてきそうな作業に、レジェンドも真剣な顔で向き合っていた。
そして糊を落として水洗いをして完成したトートバッグがこちら!

鮮やかな色合いで、グラデーションも美しく仕上がったトートバッグ。具志堅さん!苦労した甲斐がありましたね!

「1日の集中力を半分使いました」——ぐしけんさんの正直すぎる感想に爆笑

すべての体験を終えた具志堅さんにゆりボブちゃんが感想を聞くと、一言でまとめてくれた。
「私のですね、1日の集中力を、ここで半分使いました」
爆笑必至のコメントだけど、それだけ首里織もびんがたも、真剣に向き合わないと体験できないほど奥が深いということ。
首里城の復興が進む中、沖縄の伝統文化の火を守り続けているこの場所。観光で那覇を訪れた際には、ぜひ立ち寄ってみてほしい。きっと具志堅さんと同じように、集中力を全部持っていかれるくらい夢中になれるはず!

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