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真栄城 潤一

真栄城 潤一

レトロな喫茶店「山下珈琲店」が街にもたらす味わい深い彩り(那覇市)

山下珈琲店_那覇市首里
店主の山下俊祐さん(左)と妻の美奈子さん。店の入口は“隠れ家”的な狭い通路だ

首里当蔵の龍潭通り。県立芸大の向かい側にある内科と薬局の間の小路に入って、少し進むとコーヒーと書かれたのぼりが出ている。1階部分に年季が入った味わい深い理容室がある建物の隅に、人1人分くらいの幅の進入口を見つけたら、そこに「山下珈琲店」という立体オブジェのような看板を目にするだろう。
本当にここに店があるのか…?と思いつつも階段を上って2階の扉を開けると、そこは淹れたてのコーヒーと、スパイスの香りが漂うレトロな雰囲気の喫茶店。初めて訪れても、どこか落ち着く店内は首里にありそうで無かった空間だ。昨年12月に今の場所に店を構えると、1年も経たずまたたく間に老若男女問わずたくさんの人がコーヒーを飲みに訪れている。

「自分に出来ることがコーヒーしかないんですよね。共感してくれる人が来てくれて、細々と続けられたらいいなって思っています」。
そう語る店主の山下俊祐さんは、普段はにこやかで言葉少な、仕事を淡々とこなす佇まいの人物だ。ただ、その言動には何だか不思議な説得力がある。店のこだわりや、首里という場所に開店した理由について尋ねてみた。

山下珈琲店_那覇市首里
コーヒーをドリップする俊祐さん

こだわりすぎず、シンプルに

店は妻の美奈子さんと2人で切り盛りする。俊祐さんは主にコーヒー、美奈子さんはカレーやトーストなどのフード担当だ。
ドリンクはコーヒーを中心に、自家製の酵素ドリンクや子ども向けのジュースもある。フードは「まさに喫茶店!」というようなメニューで、カレーとトーストのシンプルな構成。デザートは俊祐さん手作りのプリンやバニラアイスにエスプレッソをかけるアフォガードもある。全体的に奇をてらい過ぎず、かといってありきたりというわけでもない“絶妙にちょうど良い”ラインを攻めた印象のラインナップだ。

山下珈琲店_那覇市首里
レトロで落ち着いた雰囲気の店内

レギュラーで出しているコーヒー豆の種類はブラジル、エチオピア、マンデリンの3種類。全て生豆を俊祐さんが手回し式の焙煎機で焙煎している。それぞれの風味の説明は極めて端的だ。すなわち、「ブラジル=普通」「エチオピア=華やか」「マンデリン=どっしり」。笑ってしまうくらい潔い。
「自分のコーヒーの美味しさを自分で上手く説明とか表現出来ないんですよね。だから本当にシンプルにしてます」(俊祐さん)

山下珈琲店_那覇市首里
シンプルなアイスコーヒーで豆の特徴を味わうのも良い

「自分の理論」は特に無い

俊祐さんはコーヒーの焙煎や抽出について誰かに師事したというわけでもなく、ほぼ独学でやってきた。
独自の“コーヒー哲学”があるのだろう、とこだわりを聞いてみると「ある程度はセンスで出来てしまうんです」としれっと言ったかと思えば、「僕のコーヒーでいいのか?という思いもあるし、コーヒーについての自分の理論は特に無いので、決して自信があるわけではないんですよね」と、なかなかにとらえどころのない答えが返ってきた。

山下珈琲店_那覇市首里

そうは言いつつも、コーヒーの味は「焙煎で決まります」と、焙煎には一家言ある様子。「豆の力をちゃんと上手く引き出せた時には、ああこれは美味しく出来たなと思う瞬間もありますから」と語る。ただ、手回しの焙煎についても特に独自の理論は無く「感覚でしかやってない」という。
「焙煎機を火にかけて手で回すペース、香りや煙、豆の色などの見た目はその日その日で違うので、感覚で調整するしかない。だから、温度を測って数値化する意味も特に見出だせないというか。そういう意味では、再現性はあまり無いのかもしれません」

山下珈琲店_那覇市首里
手回しの焙煎機で毎朝豆を焙煎している(2021年撮影)

俊祐さんは「自分の理論は無い」とは言うものの、山下珈琲店のコーヒーを飲むと、その味わいは紛れもなく“俊祐さんの味”だし、そしてそれは“山下珈琲店の味”でもある。
感覚のみに頼ってここまでやれているということは、そもそも「自分の感覚で出来る」という確信に基づいて姿勢を貫いているということになるんじゃないか。そんなことを伝えてみると、「貫いてるように見えるんなら、良いかなあ」という何とも言えないコメントをくれた。

もう1つの帰れる場所として

山下珈琲店_那覇市首里
ドリップは基本的にネルで行っている

そもそも東京都出身の俊祐さんが沖縄で店を持つことになったのはどんなきっかけがあったのだろうか。

「2015年に初めて旅行で沖縄を訪れたんですけど、1発で気に入ったんですよ。ずっと東京にいて、最初の沖縄旅行の時に初めて飛行機に乗って。東京とのギャップにやられて、すぐにここで暮らしたいって思ったんです。
 沖縄で仕事する、と言ったら知り合いからは『どうせすぐ戻ってくる』とか言われて、止められたりもしたんですけど、東京の人の言うこと聞かずに自分の直感に従いましたね(笑)」

その後、本格的に沖縄に移住した俊祐さんは北谷町にあったカフェで5年働き、その間に美奈子さんと出会った。現在の店を首里にオープンしたのは、実は美奈子さんの地元だという理由が大きい。

山下珈琲店_那覇市首里
首里の「パポテペパン」で間借り営業をしていた頃。左奥が俊祐さん(2021年撮影)

「当初は今帰仁でやるというのも想定してたんですよ。街中ではない、北部の静かな場所で。でも、子どもが生まれたこともあって、美奈子の実家に近い所がいいねということになったんです。それで首里に住み始めると、一口に『首里』と言っても地域ごとにかなり違いがあると感じるようになって、今では首里が面白い場所だと思っています」

北谷のカフェで働いた後は、首里にオープンしたナチュラルワインと焼き菓子の店「パポテペパン」で“間借り営業”をしながら、2年近くかけて物件を探した末に現在の場所に落ち着いた。

「子どもが小学校にあがったら、家の他にもう1つ帰る場所があるといいなと思ったのも、首里にこだわった1つの理由かもしれません。そして、パポテで暫く営業できたことはとても大きかった。そこで知ってくれたお客さんがそのまま今でも来てくれますし、それもあってオープンの時は想定の3倍くらいの人が来てくれた。ありがたい限りですね」

子どもたちに味わってほしい“特別感”

山下珈琲店_那覇市首里
フード担当の美奈子さん

あまり感情を表に出さず、ひたすらコーヒーを淹れる俊祐さんについて妻の美奈子さんは「熱い思いみたいなの無いの?って求めるんですけど、出てこないんですよ(笑)」と、おどける。「でも、要領が良くて上手な人なんだな、と思っていますね」

フード担当の美奈子さんは「カレーやトーストはもちろん精一杯作っていますが、うちはあくまでコーヒーがメイン。フードはそれに合わせてちょっとお腹を満たすものとして、みたいな立ち位置ですね」と語る。

美奈子さんがイメージする喫茶店の原風景は、子どもの頃首里にあった、学校帰りにクリームソーダを飲んだ「比韻豆(びいんず)」という店。幼いながらに、喫茶店で何かを食べて飲むという経験に“特別感”を肌で感じていた記憶が残っている。

「あったかくて特別な感じが今でもずっと忘れられないんです。この感覚をたくさんの子どもたちに味わってほしいなと思って。だから子どもたちが来やすいお店にして、思い出の味を提供できたらな、って思ってるんです」

山下珈琲店_那覇市首里
カレーもトーストもシンプルだが丁寧さを感じる味わいだ。写真はハムとチーズのサンドに目玉焼きをトッピングしたもの

自分が生まれ育ってきた地元で「地域に貢献したい」という思いもある。

「地域の子どもたちが成長できるような何かを出来る場所になれたらな、とずっと考えています。居場所づくりだったり、子どもたちやその保護者への支援活動なんかに携われたらと。無理しない範囲で少しずつ始めて、自分の子どもたちが小学校にあがれば本格的に動き出せるかなと思ってるんですよ」

「自分にはこれしか出来ないんです」

山下珈琲店_那覇市首里
オーダーをとる俊祐さん。開店して1年も経たないが、訪れる客は既に顔なじみも多い

自分の店を持ってからは「満席になっている店内を眺めた時にやりがいを感じますね」という俊祐さん。「自分にはこれしか出来ない、というのがコーヒーなんです」と静かにつぶやいた言葉は何気ないが、同時にブレない意思を感じさせるようなトーンをまとっている。
「僕が出来ることに共感してくれるお客さんがいて、細々とでも長く続けられたらいいなと思ってます」と穏やかに笑った。

美奈子さんも「今日は誰が来てくれるのかな、って毎日楽しみですよ」と人懐っこい笑顔で続ける。「お店をしてから友だちが会いに来てくれることも結構あって、それがとても嬉しい。長く続けて地域に溶け込んだ場所を築いていきたいですね」。

山下珈琲店の懐かしく温かな空間は、己を曲げずに貫く俊祐さんのブレない意思を土台に、いつも朗らかな美奈子さんの華やかさが合わさった絶妙なブレンドによって生まれている。地域と向き合いながら「地道に長く続けていきたい」という素朴でストレートな思いをともにする2人の生業は、シンプルだけれど芳醇な香りで多幸感をもたらす1杯のコーヒーのように、味わい深く街を彩り始めている。

山下珈琲店_那覇市首里

Information

山下珈琲店_那覇市首里
山下珈琲店
住所
那覇市首里当蔵町2-42 理容ダンディ2F
電話番号
なし(予約受付もなし)
営業時間
10時〜17時(L.O.16時30分)
定休日
日曜日、月曜日、祝日
駐車場
なし。近くにコインパーキング有り
カード
不可
電子マネー
不可
URL・SNS
Instagram

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