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新里 一樹

新里 一樹

沖縄のスーパーフード「クーガ芋」産業化に向けたチャレンジ(後編)

新里一樹 Me We OKINAWA

沖縄固有の島野菜や食分野全体が新たなイノベーションを起こし、沖縄の「稼ぐ力」となっていくと考えている筆者。そのような背景から、自身も琉球ヤムイモ「クーガ芋(トゲドコロ)」の産業化をめざす取組みを始めている。地味な存在でありながら次世代スーパーフードとも呼ばれるこの沖縄在来山芋について、前編に引き続き後編は研究開発の様子を紹介する。

目次

経験ゼロ、ノウハウゼロ、技術ゼロのゼロゼロ状態からの出発

「おい、どうなっているんだ?買取価格も提示しない、契約書もない。あんた、商売ナメているのか?」

私たちの琉球ヤムイモ「クーガ芋」産業化に向けたチャレンジのすべては、そんな罵声が飛ぶところから始まった。
2019年、クーガ芋産業化に向けて研究開発をスタートさせた当初、クーガ芋農家は沖縄県内に数えられるほどの人数しかいなかった。冒頭の一コマは、将来的な産業化を見据えてクーガ芋の栽培基盤拡大のために、ある地域の農家さんとの意見交換をした時の場面である。

「私たちはこれからクーガ芋産業化をめざして研究開発を開始します。いま、クーガ芋の生産はこの地域でもお二人だけ。今後、栽培規模を拡大していきたいと考えています。そのためにまずは、皆さんと意見交換させてもらえたらとこの場を設けました。」と説明した次の瞬間、冒頭のカウンターパンチが飛んできた。

さすがにこれには面食らった。もっと和やかな雰囲気で話し合いが持てると思っていた。むしろ「意見交換の場を持とうか?」と打診してきたのは先方だったはずだ…。とんでもない世界に踏み込んだかもしれない。意見交換を終えた帰路で、私はそのように感じていた。しかし、これは始まりに過ぎなかった。

研究開発を始めた当初、どこから手を付けてよいかも分からず、行政機関、専門家、業界関係者、研究機関を訪問して説明し、次のステップへのヒントを模索して回った。ところがなかなか話を聞いてもらえず、

「あなたたちはいったい何がしたいんだ?素人が手を出すにはハードルが高すぎて無理だ」
「第一、製造技術もないのにどうやって商品化するんだ?特許?そんなの役に立つのか?」

と軽くあしらわれることも多かったのだ。

先行き不安ななかで見えた一筋の突破口

その頃、私は、以前からお付き合いのある沖縄県内の食品メーカー研究員 鈴木賢洋氏に、どのように研究開発を進めればよいか相談していた。そこで「沖縄県産業振興公社の相談窓口に開発屋でぃきたんの代表 照屋隆司さんという方がいるので、相談してみては」とアドバイスを貰った。

後日、照屋氏を訪ねると、非常に前向きな提案をいただいた。

「まずは、産学連携してもらえる大学の教授や研究者を探してみてください。もし連携が上手く行くようであれば研究会を発足させて、その研究会において課題と向き合いましょう。すべてはそれからです。」

調査をしている過程で、立命館大学にかねてからクーガ芋の生理活性に関する研究を行っている教授がいると聞いていた。家光素行教授である。私はすぐにアポイントメントを取って、立命館大学スポーツ健康科学部のある滋賀キャンパスに飛んだ。

立命館大学の滋賀キャンパス。期待と不安で歩いたプロムナード
立命館大学の滋賀キャンパス。期待と不安で歩いたプロムナード

緊張しながら家光教授の研究室に入ると、最初に迎えてくれたのは、なんと沖縄のシーサーだった。これで一瞬にして私の緊張がほぐれた。シーサーに目を奪われていると、家光教授は開口一番に

「あー、これ。私、大好きなんです、沖縄。」

といった。これまで門前払いされることが多かったなかで、唯一希望が持てた瞬間だった。もしかすると今回は上手く行くかもしれない。

その後、無我夢中で私たちの想いを家光教授に伝えたところ、

「沖縄のためになるのであれば、なんでも協力しますよ。」

といってくださり、産業化を模索するための研究会発足について、全面的に協力して貰えることになった。こうやって初年度となった2019年、まずは商品開発を進めるための課題を整理して、それを一つずつ解決していく研究開発体制を構築した。

琉球ヤムイモ「クーガ芋」を産業化するための研究体制の構築

今日、クーガ芋研究開発を行っている研究会の外部支援先には、一般社団法人トロピカルテクノプラス、沖縄県工業技術センター、沖縄県産業振興公社などがある。

このような体制を築けたのは、商品開発アドバイザーの照屋氏の的確で鋭いアドバイスがあったこと、その照屋氏を紹介してくれた食品メーカーの鈴木氏、さらには沖縄県産業振興公社の名嘉博幸氏(現在は退職)、そして立命館大学の家光教授のバックアップがあったからである。

さらに、研究会にはクーガ芋農家、健康の受皿となっている理学療法士、鍼灸師、柔道整復師、フィットネストレーナー、介護福祉士らにも参画いただき、生産の上流工程から、商品としていかに市場へ投下していくかの出口戦略に至るまで全工程について研究を行っている。

さまざまな研究機関や民間企業、農家、健康の受皿となっているヘルスケア事業者と連携して産業化をめざしている

現在も、「食品メーカーでもないOTV開発が、本当に研究開発を自分たちでやっているのか」と疑われることの方が多く、初見ではなかなか聞く耳を持ってもらえない。こういった反応をされることには慣れつつあるが、一方で仕方がないとも思う。むしろ理解を示せという方が無謀で、結果を出すまでは理解をしてもらえないだろうと、こちらもタカをくくっている。

そもそも私たちは食品メーカーではなく、新しく沖縄から産業を生み出すコンセプトメーカーなのだ。こういう自負が外部からの偏った見られ方から少しずつ自らを解放してくれた。

研究開発活動とは、一言で表すと「トライ&エラー」の繰り返しだ。この反復運動をいかに素早く繰り返し実施するか以外に、前に進める方法はない。極めて地味で、カタチになるまでは理解されにくいものだと、経験から分かった。

幾分マクロ的な話になるが、日本は平成の約30年間から今日に至るまで、経済が低成長にあるといわれている。その成長率は発展途上国よりもさらに悪く、紛争状態にある地域と同等程度である、という報告もあるようだ。

この30年間に何があったのか?

経済が停滞すると、企業は売上が頭打ちになる。売上が伸びない状態で利益を確保しようと思えば、費用を削る選択が手っ取り早い。削られた費用の中身を覗いてみると、人件費が削られ、そして研究開発費が削られている。この費目は二つとも将来の売上に貢献し得るものだが、売上が伸びないなか、計上された利益をヒトや研究開発費に再投資し、さらに売上を伸ばしていこうとする企業の体力自体がなくなってきている可能性が高い。

こういった負のスパイラルが続き、日本全体の経済成長の鈍化につながっているのではないだろうか。私たちのクーガ芋研究開発は、ある意味これに逆行した取組みになる。当然、担当者としてプレッシャーも強く感じる。

地道な研究開発活動が少しずつカタチに

少し横道にそれたが、琉球ヤムイモ「クーガ芋」は日持ちしない、糖質が多く含まれるなどの植物上の性質があり、これを産業化し広く流通させるには加工方法の研究も必要であった。

そこで私たちは、クーガ芋を長期保存可能なようにし、かつ、糖質を除去して摂取しやすい形に加工する技術を、前述したトロピカルテクノプラスや沖縄県工業技術センターの協力の元、完成させた。これは2020年に特許出願している。

この加工方法によれば、クーガ芋の機能性成分を手軽に有効量摂取できるのは勿論のこと、サプリメント、ドリンク、菓子、加工食品といった幅広い用途に添加が可能となる。今日、この加工技術は製造パートナーである沖縄県内の食品製造メーカーに開示し、量産化に向けた体制を整えている。

製造実験の様子
専門研究員指導の下、自社で繰り返し行ってきた製造実験
専門研究員指導の下、自社で繰り返し行ってきた製造実験

クーガ芋の生理活性に関する研究は、2020年と2021年にかけて立命館大学の家光研究チームと産学連携でヒトでの臨床試験を行った。この臨床試験は「二重盲検ランダム化比較試験」という、製薬や医療用ワクチンの開発に用いられるようなエビデンスレベルの高い試験デザインで行っている。この臨床試験に参加いただいたモニター数は、沖縄県内では大規模な研究の部類に入るようである。

また前回紹介したようにウサイン・ボルトの事例(クーガ芋の近傍種であるジャマイカ産のヤムイモ=山芋を日常的に摂取することが、トレーニング効果の最大化につながっている可能性)や、立命館大学で行ったアスリートに対するクーガ芋摂取と運動との併用効果に関する研究結果から、私たちが実施した臨床試験には運動介入群を設けて、クーガ芋摂取と運動との併用効果も明らかにしようと試みた。

トゲドコロ生理活性の研究は製薬やワクチン開発にも用いられるレベルの研究手法で実施
クーガ芋生理活性の研究は製薬やワクチン開発にも用いられるレベルの研究手法で実施

この臨床試験から得られたデータを解析したところ、クーガ芋摂取によって筋質、血糖、血圧、血中コルチゾール値など複数項目に、統計学的な有意差が出る結果となった。

この中で、「筋質」という耳慣れないワードについて説明を加えたい。近年の研究により、加齢や運動不足といった要因で筋組織内が脂肪化、線維化し、筋組織内が「霜降り状」になると報告されている。これを「筋質が低下」している状態であるという。筋質の低下は、脂質代謝や糖代謝、又は筋力にも影響をおよぼすことからメタボリックシンドロームのリスクや、高齢者においては自重を支えることが困難となって転倒リスクが高まるといわれている。筋質は運動でも改善されるが、今回の臨床試験では、運動をしながらクーガ芋を摂取するとさらに効果的に改善する結果となった。私たちは、このような筋質への影響を含む新規性の見られた2項目について2022年6月に特許出願を済ませた。

筋質への影響含め新たな発見が2件あったため、特許出願した際の記者発表の様子

これをどのようにヒトの健康に活かしていくのか、消費者ニーズを把握していくために一つ一つていねいにアンケート調査やヒアリング調査、文献調査、メディア調査などを繰り返してきた。

その調査のなかで見えてきたのは、一般的に40代以降になるとホルモンバランスの乱れなどもあり、適切にタンパク質を摂取して運動していても筋肉合成が進みづらくなる身体課題があるということである。その結果、代謝が落ち、太りやすくなってメタボリックシンドローム指標が悪化したり、たとえば趣味のゴルフの飛距離が落ちるなど、運動のパフォーマンスにも影響が出るなどネガティブな状態が発生する。

クーガ芋は加齢とともに減少する性ホルモンに作用する可能性が、家光教授ら複数の研究で報告されており、その結果として筋質を改善し、筋量アップをめざす素地を作るのに役立つ。私たちの提案としては、単にクーガ芋だけを摂取するのではなく、運動をベースとしつつ、これを補う栄養分として摂取することで、40代以降の上記の身体課題に対応できる食品になることを期待している。

クーガ芋産業化に対する私たちの信念

琉球ヤムイモ「クーガ芋」の産業化に向けた取組みは、まだまだ始まったばかりである。先ほども書いたとおり、いまはまだ理解されにくかったり偏った見られ方をすることの方が多い。それでも少しずつ市場に浸透させることで、人々の反応も変わってくると考えている。研究開発には莫大な資金や途方もない時間が必要で、それでいて結果が出る保証などどこにもない。企業としてはいつかこれを回収せねばならない。こういうなかで押しつぶされそうなほどのプレッシャーを感じ、ヒリヒリする毎日や眠れない日々を私たちは過ごしてきた。

だけど、ただ一つ、

「ヒトの健康に役立ち、且つ、次世代に繋がる沖縄の新しい産業を創る」

という私たちの信念はブレることはない。これを実現するために、辛抱強く研究開発に取組み、そしてその後の市場開拓を進めて行く。私たちの琉球ヤムイモ「クーガ芋」研究開発は、Facebookで情報を常に発信している。ぜひ、今後の行方にもご注目いただきたい。

さて、次回は私が数年前から魅了されている「オキナワクラフトジン」についてご紹介したい。沖縄の亜熱帯のボタニカルの数々と泡盛製造技術が融合して誕生したオキナワクラフトジンは、レベルが高いと評価されており、沖縄を代表する特産品になるポテンシャルを秘めていると感じる。なぜ、そう感じるのか?その魅力について書いていく。

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