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長嶺 真輝

長嶺 真輝

就任1年目の”レジェンド指導者”東江正作監督は、なぜ琉球コラソンを「躍進」に導けたのか

琉球コラソン_東江正作監督

今月21日に全日程を終えた日本ハンドボールリーグ(JHL)の2022-23シーズン、琉球コラソンが躍進した。4位以上が進出圏内となるプレーオフには進めなかったが、レギュラーシーズンの成績は8勝13敗1分で7位。勝ち星を昨シーズンの2倍に伸ばし、順位も二つ上げた。
シーズンごとで試合数が異なるため単純比較はできないが、「8勝」は歴代最多タイとなる。

近年は1勝のみのシーズンもあったコラソン。長く、苦しい低迷期を脱却できた要因は何だったのか。
就任1年目にしてチーム力の底上げに成功した沖縄の“レジェンド指導者”東江正作監督にインタビューした。

掲げたテーマは「自立」と「強い縦の1対1」

琉球コラソン_東江正作監督

まず、東江監督の輝かしい経歴を紹介したい。1961年1月20日生まれの62歳。浦添高校を卒業後、実業団の名門・大崎電気でプレーし、1987年の海邦国体では沖縄成年男子の4強入りに貢献した。引退後は母校の神森中学をコーチとして全国制覇に導いたり、年代別女子日本代表の監督に就任したりして指導者としてのキャリアを積んだ。沖縄県協会の理事長も務め、沖縄ハンドボール界の発展に尽力してきた。
長男はコラソン主将の東江太輝、次男は東京五輪男子日本代表で攻撃の司令塔を担ったジークスター東京の東江雄斗である。

今シーズン、女子の日本代表チームで同時期にコーチを務めた仲の黄慶泳(ファン・キョンヨン)前監督からバトンを継いだ東江監督。豊富な運動量を生かしてボールも人も動く前シーズンのハンドボールを念頭に「大きな変更をすると選手たちがパニックを起こしてしまうので、前年度までやってきたハンドをいかにうまくやりくりするか、パズルを組み合わせていくかということが自分の役目でした」と就任時のミッションを説明する。

ポストを中心に身長190〜200cm台の大柄な選手を擁するチームも多いが、コラソンはフィールドプレーヤーでは190cm以上は一人もいない。そのため、スピードを生かした戦術を継続する方針は理にかなった判断だったと言える。

小柄な選手が多い沖縄で学生年代を何度も全国制覇に導いてきた名将は、前シーズンからの戦術をさらにブラッシュアップするため、開幕前に二つのテーマを掲げた。
 
「このチームを見るとなって、最初のミーティングで『自立を促す』ということは選手たちにはっきり言いました。やらされているだけでは成長はないので。あと戦い方で強く言ったのは、強い縦の1対1を基軸とした攻めをするということです」
 
「強い縦の1対1」は、パス回しや人の動きで相手ディフェンスを横に揺さぶりながらタイミングを見計らって縦に強く仕掛ける戦術が念頭にある。さらに20代前半の選手も多い中、「自立」による状況判断力の向上も必須であり、チームの総合力で戦うためにはいずれも重要な要素となる。ただ、当然ながら一朝一夕で身に付くものではない。案の定、チームは開幕から長いトンネルに入ることになる。

「最悪の状態」を脱したきっかけは…

琉球コラソン

昨年7月9日にアウェーで大崎電気と行った開幕戦が26ー33で黒星スタートとなると、今シーズン3連覇を果たした豊田合成と対戦した第2戦は29ー46で大敗。その後も初勝利は遠く、開幕4連敗を喫した。

沖縄市体育館であった第5戦で湧永製薬に33ー30で勝ち、開幕から1カ月が経過してようやく初白星を掴んだが、8月21日に石垣市であった続くジークスター東京戦も25ー34で敗れ、なかなか上昇のきっかけをつかめずにいた。

「ダメダメなゲームを石垣でして、その頃からだいぶチーム状態が落ちてきてたんです。ジークスター戦の後に国体の九州ブロック予選がありましたが、その時が一番最悪の状態でした。統率の取れた攻防ができなくて、とにかく点が取れない。このチームはベクトルを一つにしないと勝てないのに、それぞれの考えがずれてお互いがストレスを溜めてしまっている状態でした」

そのタイミングで、リーグは約2カ月間にわたって試合がないブレーク期間に入った。そこで東江監督は、開幕前に掲げた原点である自立を促すことに立ち返る。

「9〜10月のこの期間はもっと選手たちに考えさせ、判断させ、発言させることに取り組みました。ベテランの(東江)太輝や(石川)出が発言をするのは当然だけど、他の選手にもそれを促しました。
内容が現状に合っているかどうかは別として、発言するということは自分がそれに対して責任を取らないといけない。各選手がお互いの考えを発してプレーを擦り合わせていくことで、何かが変わっていくだろうと考えました」

琉球コラソン

狙い通り「自立」が芽吹き始める。象徴的な選手の一人が、29歳の中堅であるポストの中川智規だ。179cmと小柄だが、素早い動きで相手ディフェンスの裏を通るスライドプレーを得意とする。
シーズン序盤は1枚目、2枚目の選手がディフェンスを引き付けてパスを落としてもボールをこぼしてしまう場面が目立ったが、10月のシーズン再開以降は大柄な選手に囲まれてもしっかりシュートまで行けるようになり、攻撃の司令塔である東江太輝らバックプレーヤーとの連係が目に見えて改善した。

シーズン途中、中川本人も「太輝さんとのパス交換で信頼を得られてきていると思ってます」と語っていた通り、動きやパスのタイミングが向上。小柄な陣容のコラソンにとってポストの戦い方は以前から課題だっため、東江監督も中川の台頭を歓迎した。

「彼は非常に素直で、やると決めた事をやり切るというストロングポイントがあります。シーズン序盤はポストのポジションをなかなか固定できなかったのですが、中川のボールキープ力が上がり、だんだん周囲から信頼を得られるようになってきました。
監督に就く以前から、コラソンの試合を見ていてポストプレーに課題があると感じていました。サイズがなくても、スライドしていかにタイミング良く空間に走っていくかなどやり方はあるので、彼のようなポストでも十分戦えると思っています」

ルーキー髙橋が成長 終盤は東江主将が攻撃に専念

琉球コラソン

キーとなった選手がもう一人いる。この時期にけがから復帰したルーキーの髙橋翼だ。身長180cmで体の強さがあり、ディフェンスで中央を守れる。その結果、東江太輝がディフェンスの時に休んで攻撃に専念できるようになり、全体の安定感が増した。

チーム力の向上は結果に如実に表れる。ブレーク明けの10月29日にアウェーであった第7戦のゴールデンウルブス福岡戦を34ー33で接戦をものにすると、第9戦の大崎電気戦は42ー32の今季最多得点で大勝。東江監督が選手時代に所属した名門・大崎電気からの白星は、2007年のクラブ創設以来初の快挙だった。

第11戦からは、今季4位でプレーオフに進出した大同特殊鋼からの金星を含め、引き分けを挟んで3連勝と波に乗った。その後、プレーの積極性が失われて得点が伸びず4連敗を喫したが、チームの武器である速攻を再徹底したことで終盤戦は30得点を超える試合が再び増加。
今月4日に名護市の21世紀の森体育館であったゴールデンウルブス福岡との最終戦を33ー25で快勝し、飛躍のシーズンを締め括った。

シーズン前の新体制発表会見で、東江監督は「30点を取らないとリーグで勝つのは難しい」と語っていた。最終的な1試合平均得点は前シーズンから1.38ポイント増の29.13点。目標には若干届かなかったが、攻撃力の向上は数字にも表れた。

来シーズンの目標は”倍々ゲーム” 新たな歴史の1ページを

琉球コラソン

中川や髙橋以外にも、髙橋と同じく中央の守りで存在感を増した峰岸勁志郎、縦の1対1で強さを増した依田純真、7メートルスローでリーグ新記録となる54得点を記録した仲程海渡、現役に電撃復帰してチームに勝利への執念を植え付けた球団創設者の一人である47歳の田場裕也など、各選手が自身の持ち味を発揮した今シーズンのコラソン。さらなる飛躍に向け、来シーズンで掲げる目標は「倍々ゲーム」だ。

「8勝13敗を逆にしないといけない。今シーズンは勝てる試合を自滅で取りこぼしたこともあったので、もっとプレーの再現性を高めていきたいです。来シーズンは1チーム増えて全24試合になるので、前シーズンから2倍に増えた勝ち星を、さらに2倍にして倍々ゲームにしたい。そうなると、必然的にプレーオフ進出も見据えることになります」

コラソンがプレーオフに進出したのはレギュラーシーズンで4位に入った2014-15シーズンのみで、その時の準決勝進出が過去最高の成績となっている。いい時と悪い時の波が激しいという課題を抱えながらも8勝を挙げ、プレーオフ進出チームからも白星を掴んだ今シーズンのコラソンを見ていて、再び大舞台に立つ事が夢ではないと思えたファンも多いのではないだろうか。

東江監督にインタビューを行った今月15日には、うれしいニュースも発表された。2024年の開幕を目指すハンドボールの新たなプロリーグについて、収益の管理方法などを巡って複数の有力チームが参入を見送っていたが、リーグが当初の運営方針を見直したことでコラソンを含め現状のJHL加盟全チームの参入が決定したのだ。
一方、コラソンは以前から財務要件などでリーグから改善を求められていたため、それらの課題には今後も向き合っていく必要がある。

琉球コラソン_東江正作監督

それを念頭に、指揮官はこう話した。

「私たち現場のやることは単純明快。勝つことです。もし勝てない試合でも、どれだけ点差が離れても、泥臭くボールを追い掛けて見る人に感動を与えることです。お金を払って見にきてくれる人たちに、また応援したいって思ってもらえるチームにする。それくらい魅力のあるチームにしていきたいです。そうすればコラソンに入りたい、コラソンで日本一を取りたい、コラソンから日本代表になりたいという選手も出てくると思います。やっと、そこに少しだけ近づけたのかなと思っています」

シーズン終盤では負けて涙を流す場面もあった東江監督。選手、コーチとして沖縄ハンドボール界を牽引してきたレジェンド指導者の情熱を魂(スペイン語で「コラソン」)に宿した選手たちが来シーズン、クラブの新たな歴史の1ページを刻むかもしれない。

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