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OTV報道部

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大ヒットの後も繋がる地元沖縄の“音楽の師”【OKINAWA SONG BOOK~沖縄歌集~『 D-51編』 】

連載企画「OKINAWA SONG BOOK~沖縄歌集~」

沖縄県内のみならず、日本全国で愛される沖縄の歌(ウチナーソング)。名曲が誕生する背景には、その時々の世相が密接に関係しているといいます。この企画では、誰もが知っている【一曲の沖縄の歌(ウチナーソング)】をテーマに、歌詞に込められた思いや制作秘話などを紹介しています。

沖縄ソングブック_沖縄歌集

2003年の結成から、一躍スターダムに駆け上がり日本中を沸かせたコーラスデュオ、D-51。ヒット曲の背景には、2人を裏で支えた“音楽の師”がいました。

【D-51】

音楽スクールで出会った2人が2003年に結成したボーカルデュオ、D-51。
2005年にリリースされたNO MORE CRY人気ドラマの主題歌に起用され大ヒットしました。

YASU
「3枚目の「NO MORE CRY」で急にボンッと売れたので。周りのスタッフの反応がわかりやすい。「ヤバイよ2人」「ヤバイよ」みたいな。」

D-51 YASU

YU
「ちょっと沖縄帰ってきて国際通り歩いたら、修学旅行生に囲まれるとか。「俺たち売れてるんだ」って。」

D-51は北谷町美浜でのストリートライブで多くの観客を集めて話題を呼び、結成翌年の2004年にメジャーデビューを果たしました。
結成時からD-51の楽曲を手掛ける音楽プロデューサーのイクマあきらさんは、当時の2人をこう振り返ります。

イクマあきらさん
「もう歌が好きで、爆発してましたね。気持ちがすごい。歌が好きだって叫んでいるし。若さのパワーには止めようのない魅力がありましたね。」

スターダムへの道を一気に駆け上がった2人でしたが、表には出ない苦労もありました。

イクマあきらさん
「普通じゃありえない速さです。すごい勢いでアマチュアからプロの階段を上って大きなステージで歌うようになったのがD-51。苦労したと思います。」

YU
「イクマさんと出会って、1からずっと勉強させてもらって。その当時は、若いので。
ノートに「自由に歌いてぇ」とか「辛すぎる」って。「歌って自由じゃない」とか書いていましたよ。」

イクマあきらさん
「これは少し話しづらいんだけど、僕も未熟者だったんですよ。ある程度プロ経験ある人のCD作った事はありましたけど、1人のアーティストを1から育てるっていう事はやったことがなかったわけですね。」

YU
「どんどんどんどん、お互いが一緒に成長していけたなっていうのはありますね。」

YASU
「(イクマさんは)音楽をすごく教えてくれた人ですね。師匠というよりもお父さんのような。」

イクマさんの手がけるダンスビートの楽曲に、大空に突き抜けるような歌声で国内の音楽シーンを席巻した2人。人気を確立させたD-51は、さらに日本中を沸かせます。

♪ALWAYS

5作目にリリースされたALWAYS。
スタルジックなバラード曲は映画の主題歌となり話題になりました。

イクマあきらさん
「D-51を始めてすぐわかった事なんですけど、YASUが歌詞を書けるんですね。何気なく書いたと思うんですけど、良い歌詞を書くんですよ。それが、夕食の匂いとか台所のシーンなんですよね。」

YASU
「僕は親が共働きで、毎回(夕飯が)手作りというわけには行かなかったんです。だからこそ料理の匂いっていうのを覚えてしまったのかなっていうのはありますね。
人との繋がり、家族への思いみたいなものは、時代が変わってもそこまで変わってないんじゃないかなって思ったんですよね。それに僕は「愛」って言葉をつけたんです。」

D-51の歌う「愛」はいつの時代も変わらず、家庭にもあるもの。
聴く人それぞれに情景を思い起こさせます。

YU
「最初レコーディングしたときとかは・・・僕は母子家庭で、母ちゃんの顔が浮かんだのを覚えていますね。最近手料理食ってないな、とか。」

ALWAYSはYASUさんが作詞を手掛けた

結成から20年を経て、D-51の2人の心境に少しずつ変化が出てきたといいます。

YU
「ALWAYSを作った当時「愛は変わらない」って、どういう風に伝えたら良いかな、みたいな話し合いとかをしましたね。
それこそ歌詞がストレートなので、一時期は歌わなくなったんですけど・・・徐々に時間が経過して年齢を重ねてきて、また歌っている。ようやく馴染んできたかなって。
時とともに、変わるもの、変わらないもの。D-51の原点は、いまもその場所にあります。」

YASU
「ストリートライブしながら、僕らの右手にずっと観覧車が見えていたんです。」

YU)
「観覧車が無くなったとしても、もう一回そこでライブやりたいなというのはありますね。」

デビュー当時からの絆は、今もしっかりと続いています。

YASU
「プロデュースを離れたら付き合い無くなる人が多い気がするんですよ。でも僕らはそうじゃないです。」

イクマあきら
「この沖縄がベースだった事は、とっても感謝している。今もその付き合いが続いているかと言ったら、そうは思いません。沖縄だから今も付き合いがある。」

YASU
「僕らは小さいころから親だけじゃなくて、大人たちとかにも支えられながら大人になっていく。
それを僕らが大人になって、逆に今度は僕らがしていく側になっていく。愛し方とか愛され方とか、今度は僕らは教える側になってるはず。人の愛っているのをこの曲から感じてもらえたら嬉しいなとは思いますね。」

沖縄ソングブック_沖縄歌集

OKINAWA SONG BOOK 2023

特別番組「OKINAWA SONG BOOK2023」

2023年12月19日(火)19時00分から沖縄県内のテレビ8チャンネルにて放送!

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