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敗れて、学んで、はい上がる…Bプレミア初勝利の琉球ゴールデンキングス、新時代も変わらぬ「挑戦者」の姿
節目の一歩は、いつも敗北だった。
bjリーグに参戦した2007年の初の公式戦、2016年のBリーグ開幕戦、2021年に落成した沖縄サントリーアリーナでの初戦も敗れた。それでも、琉球ゴールデンキングスはそのたびにはい上がってきた。bjリーグで最多4度の優勝を果たし、Bリーグでは2022-23シーズンに初優勝を達成。この10年で、リーグを代表する強豪へと成長した。
そして2026年9月22日。従来のB1に代わる新たなトップカテゴリー「Bプレミア」の幕開けも、10年前のBリーグ開幕戦と同じアルバルク東京に73-84で敗れた。
ただ、翌23日の第2戦を85-74で制し、Bプレミア初勝利。10年前は選手として開幕2連敗を経験したアンソニー・マクヘンリーAHC(アソシエイトヘッドコーチ)にとって、指揮官としての公式戦初勝利にもなった。
舞台となったトヨタアリーナ東京には連日約9500人が詰めかけ、いずれも観客席の半分近くをキングスファンが占めた。海を越えて届く「ゴーゴーキングス」の声援は、新加入の大浦颯太が「本当にここはアウェーなのか」と感じたほど大きかった。
熱狂的なファンに支えられながら、敗れて、学んで、はい上がる。プロリーグ参入20年目の節目を迎えるキングスが積み重ねてきた歴史を凝縮したような2連戦だった。
「ボールも人も止まった」A東京との初戦
初戦の前半、キングスは今シーズンから目指す新たなスタイルを表現していた。ボールを素早く前へ運び、ペイントへアタック。ディフェンスが収縮すれば外へ展開し、迷わず3ポイントシュートを放つ。第1クオーターだけで30点を奪い、51-50とリードしてハーフタイムを迎えた。
しかし後半は速い展開が影を潜め、チームハイの24得点を挙げたデイビッド・ヌワバの高い個人能力に頼る場面が増加。マクヘンリーAHCは「前半は自分たちのバスケットボールを遂行できていた」とした一方、後半は「ジャンプショットが多くなり、ペイントの中へアタックしないプレーが増えました」と敗因を分析した。
新キャプテンの一人である松脇圭志も「疲れた時にスペーシングが悪くなり、自分たちでオフェンスを詰まらせてしまった。前半はドライブからキックアウトして3ポイントシュートという形ができていたけど、後半は少なくなった」と振り返る。ターンオーバーは17。A東京と同数ではあったが、後半に突き放された要因の一つとなった。
さらに、Bプレミアならではの難しさにも直面した。
今シーズンから導入された「オンザコートフリー」。3人まで登録可能な外国籍選手について、これまでは同時出場の上限が2人だったが、それが撤廃された。それに伴い、A東京は外国籍選手3人と帰化選手のライアン・ロシターを同時に並べる「オン4」を勝負所で使い、サイズとフィジカルの強さで優位に立った。
松脇は「今までだったらできていたことが、相手の外国人が増えることでサイズも大きく、腕も長くなる。通用しなくなる部分もあります」と実感を口にした。一方、ヌワバは「大きな問題だとは思っていない」と語り、必要なのは1対1のディフェンスやシュートチェックなど、自分たちがやるべきことの徹底だと強調した。
ディフェンスから取り戻したスタイル
第2戦、ヌワバの言葉通り、キングスはディフェンスからリズムをつくった。
初戦はベンチスタートだった小野寺祥太が先発を務め、開始から前線で激しくプレッシャーをかける。相手ガードに簡単にボールを運ばせず、A東京が攻撃へ入る時間を遅らせた。「『前から前から』という部分を意識していました。それがチームのトーンセットになっていくと思ったので」と狙いを語る。
その守備に周囲も呼応し、相手に高さのミスマッチを突かれても、全員が体を張った。そこから走り、ハーフコートオフェンスでもアタックとパスでボールを動かし続けた。
大浦は「しっかりディフェンスができたからオフェンスにつながりました。昨日と違い、最後まで同じペースで攻め、シュートが入ったことが大きかったです」と手応えを語った。
初戦は27.6%だった3ポイントシュート成功率は50.0%まで上昇。アシスト数はA東京を7本上回る24本に達し、マクヘンリーAHCは「一人ひとりがお互いを信頼して、全員でプレーしたこと」を勝因に挙げた。
“オン4”攻略へ、見えた「スクリーンの工夫」
相手の大型ラインナップへの対応にも工夫が見えた。6点をリードしていた第4クオーター、残り1分半を切った場面。A東京はオン4に小酒部泰暉を加えたラインナップを敷いていた。右45度でヌワバがボールを持ち、スクリーンへ向かったのはビッグマンではなく、小酒部とマッチアップしていた松脇だった。
相手の意思疎通の乱れもあったように見えたが、A東京はヌワバにダブルチームを仕掛ける形になり、空いた松脇にすかさずパス。中央から3ポイントシュートを射抜き、勝負を決定づけた。
相手のサイズが上がっても、誰をスクリーナーにするか次第で、ミスマッチをつくったり、ディフェンスのズレを生み出したりすることはできる。小野寺は「ガードの日本人選手とマッチアップしている選手がピック&ロールに絡む。ボールハンドラーではなく、スクリーナーになることで相手が守りづらくなると思っています」と説明する。
一方、オンザコートフリーが日本人選手にこれまで以上の競争を突きつけるのは間違いない。ディフェンスでは外国籍選手とマッチアップする機会が増え、リバウンドではサイズで上回る相手と体をぶつけ合う。オフェンスでは、これまで通っていたパスが長い腕に阻まれることもある。
小野寺は「僕ら日本人選手がもっともっとレベルアップしていかないといけない」と危機感を口にする。一方、マクヘンリーAHCは「このチームの日本人選手は外国籍のウイングを守れる力がある。このリーグは日本のリーグなので、日本人選手に多く活躍してもらいたい」と話し、適応力に期待した。
新たな競技環境にどうアジャストし、どう強みを生み出すのか。ジャック・クーリーが「大きいラインナップに順応するための、いいテストになりました」と振り返った2試合は、その答えを探る第一歩となった。
強豪になっても、変わらぬ「チャレンジャー」
2016年9月22日、Bリーグ最初の公式戦。その舞台でキングスのユニホームを着てA東京と戦い、10年後のBプレミア開幕戦にもキングスの選手として立ったのは、沖縄出身の山内盛久ただ一人だ。
10年前と同じ日、同じ相手。それでも、「10年前と比べて、会場もそうですし、選手を取り巻く環境も大きく変わりました。日本の中でバスケットボールという存在が、すごく大きくなったと思います」としみじみと語る。
変化は選手やクラブだけではない。「ファンの方々もそうですし、子どもたちが選手の名前を覚えてくれたり、本当にいろんな方々がこの10年間でBリーグを大きくしてくれました」。プロバスケットボール文化が社会により浸透してきた実感がある。
キングス自身の立ち位置も大きく変わった。10年前のBリーグ開幕戦でメディアに「雑草」と称され、1年目の2016-17シーズンを29勝31敗で負け越したチームは、今や毎年のようにタイトルを争う強豪となった。
それでも、開幕前日に「今のキングスをどう表現するか」と問われたクーリーが選んだ言葉は「チャレンジャー」だった。
「過去5年間、キングスはチャンピオンシップのファイナルに駒を進めています。ただ、同時にチャレンジャーであることは変わらない。表現するとしたら、チャレンジャーなのかなと思います」
在籍年数がチーム最長となる8シーズン目に入った米国出身のクーリーには、多くの逆境を跳ね返してきたキングスの精神が根付いているようだ。
山内「負けて学ぶことの方が多い」
その精神をベンチからつなぐマクヘンリーAHCは、10年前、山内とともに選手として開幕戦を戦った。指揮官として公式戦初勝利を挙げた第2戦後、「新しいチームで、戦うスタイルは変わっていますけど、キングスのウイニングカルチャーをこれからも継承して、前に進めていきたいです」と固い決意を口にした。
初戦の敗戦後、山内が口にした言葉も印象的だった。「敗戦からはい上がってきたキングスの歴史を踏まえ、Bプレミアをどう戦っていくか」と聞いた際の回答だ。
「勝って学ぶことより、負けて学ぶことの方が多いと思います。自分たちはBプレミアでまだ何も成し遂げていないし、まだ何者でもない。マックが目指すチームの姿を、このリーグで体現していきたいです」
強豪になっても、挑戦者。だからこそ、敗戦から学び、成長していく。新しいリーグに、新しい布陣で臨み、プレースタイルが変わっても、その姿勢は変わらない。ファンの熱狂とともに、キングスは新たな時代への一歩を踏み出した。
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