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「どっしり構えられるように」36歳・岸本隆一、京都初戦で劇的逆転3P “はんなり”踏み出した新たな一歩
やはり、役者が違った。
試合時間残り5.8秒。1点を追う京都ハンナリーズが、相手エンドラインから最後のオフェンスを始めた。セットプレーから左コーナーでフリーになり、パスを受けたのは、岸本隆一だ。
キャッチすると、迷いなくそのままシュートへ。ブロックに飛んだ208cmのザック・オーガストの左手を越え、バックスピンの利いたボールがきれいな弧を描いた。3ポイントシュートが鮮やかにリングを射抜いた瞬間、ホームアリーナが爆発したかのような大歓声に包まれた。95-94。土壇場で試合をひっくり返し、チームに大きな一勝をもたらした。
「今まで、ああいう局面にプライドを持ってプレーしてきたつもりなので」。試合後、穏やかな表情で淡々と語った岸本。ユニフォームが変わっても、類いまれな勝負強さは変わらない。
沖縄で生まれ育ち、bjリーグ時代から地元球団の琉球ゴールデンキングス一筋で14シーズン。長くクラブの顔として歩んできたが、今季、プロキャリアで初めてそのユニフォームを脱いだ。京都への電撃移籍は、リーグ全体に衝撃を与えた。
そして9月25日、滋賀レイクスとのBプレミア開幕戦。新天地で迎えた最初の公式戦で待っていたのは、出来すぎた脚本のような結末だった。36歳の新章は、“はんなり”(「上品で明るく華やかなさま」を表す京ことば)と、それでいて鮮烈に幕を開けた。
勝負の瞬間にたどり着く「フラットな気持ち」
新たな環境でバスケットボールをすることを、一人の選手として純粋に楽しんでいるようだった。試合中には笑顔も多かった岸本。ただ、最後の劇的な一投に至る勝負どころでは、怖いほど鋭い目つきに変わっていた。
試合時間残り16.3秒。一度ボールがラインを割ってプレーが止まり、滋賀から京都に攻撃権が移った。勝敗が決まる最終局面。この時、京都にはタイムアウトが一つ残っていたが、伊佐勉HCは取らなかった。そのままゲームが進み、岸本がドライブを仕掛けて一度はディフェンスに阻まれたが、最後は劇的な3ポイントシュートで締めくくった。
指揮官が自らの判断を振り返る。
「ああいう場面の練習もしているので、選手たちと意思疎通ができていました。タイムアウトを取らず、チームで練習してきたプレーをしっかりして、岸本が打ち切って、決めてくれて良かったです。今のメンバーを見たら、最後に預けるのはもう数人しかいない。彼は相当な場数を踏んでるので、その筆頭になると思います」
接戦になった時、最後は岸本に託す。チームの共通認識を本人も理解しているからこそ、終盤に向けて集中力が研ぎ澄まされていった。岸本はこれまで何度も大舞台でビッグショットを沈めてきたが、そういった時間帯に何を考えているのか。以下が答えだ。
「結構、何も考えていないです。(自分の中の)スイッチというんですかね。その前後ではいろいろ考えちゃうんですけど、いろいろ考えついた先にいられるフラットな気持ちというか。そういうメンタルでいられることを、ずっと訓練してきたつもりなので。特に最後の16秒ではそういう意識でプレーしていました」
自分に求められるプレー、チームにとって必要なプレーを考えた先で、平静にたどり着く。それは、長いプロ生活で磨き上げてきた岸本なりの勝負勘なのだろう。
二つの「節目の開幕」10年で感じる変化
従来のB1に代わる新たなトップカテゴリー「Bプレミア」が幕を開けたBリーグ。節目の「開幕」には、岸本にとって忘れられない記憶がある。
2016年9月22日。Bリーグ最初の公式戦で、26歳だった岸本はキングスのキャプテンとしてアルバルク東京と対戦した。「本当に自分なりにたくさんの責任を感じながらプレーしていました」と振り返る。
それから10年。リーグを代表する強豪へと成長したキングスの中心で戦い続け、B1と天皇杯で優勝を経験した。数え切れないほどの勝負どころをくぐり抜けた末に、プロ15年目にして初めて新天地へ飛び込んだ。
立場や環境が変わっても、コートで背負う責任の重さは変わらない。それでも36歳となった今、メンタルがより強固になった実感はあるという。
「この10年で、ここでは語りきれないくらい、たくさんの経験をさせてもらいました。本当に一つひとつがつながって、今日の日を迎えられました。あの頃よりは、ある程度どっしり構えられるようにはなったかなと思います」
その「どっしり」感は、最後の一投だけに表れたものではない。京都は滋賀の激しいプレッシャーやトランジションの速いオフェンスに苦しみ、スタートダッシュに失敗。そこでベンチスタートの岸本がコートに入り、少しずつ攻撃を落ち着かせていった。
その役割は、本人も強く自覚している。
「『慌てるところじゃないよ』という姿勢を見せるのも、一つ自分の役割だと思っています。自分の経験値をみんなで共有しながら、どういう状況でも『勝てるんだぞ』という空気感を作っていけたらと考えています」
苦しい時間帯に慌てず、チームを落ち着かせ、勝負どころを見極める。これぞベテランの仕事だ。
恩師も舌を巻く進化「今でも上手くなってる」
ともに沖縄出身の伊佐HCと岸本の付き合いは長い。岸本がキングスでルーキーシーズンを迎えた時、指揮官を務めていたのが伊佐HCだった。若き日の岸本を知る恩師は、当時から「トップレベルには行くんだろうなと思っていました」と振り返る。
ただ、今は想像の上を行く。「この年齢でもプレーの質が保ててるっていうのは、ちょっと想像していなかったですね。今でも上手くなってるんで。ちょっと大丈夫かなと思います」
そう言って、岸本の進化に舌を巻くように笑みをこぼした。
ベンチスタートについては、加入決定時から描いていた構想だという。序盤につまずいた時に流れを変えられる存在としてベンチに置く。年齢を考慮しながらプレータイムを管理し、勝負所で力を発揮させる狙いもあるだろう。
「競った時に彼がいるというのは、チームにとっての安心感。去年なかった決定力が今年は得られたと思います」と語る。
岸本自身も、「ある一定の年齢からは、やらないことも決めていくというか。全部をやろうとしてしまうと、どうしてもパンクしてしまう。単純に、これから身体能力がめちゃくちゃ上がるなんてことは絶対にないんで」と、現状を受け入れながら進化する方法を探している。
これからも「長くプレーしたい」という思いがあるという。何をやるかだけでなく、何をやらないかも決める。選択と集中を繰り返し、今も進化を続けている。
「やっと一員になれた」安心感と強い決意
劇的な勝利が決まった後、コートでマイクを握った岸本は、印象的な言葉を発した。
「なんか今日、やっと京都ハンナリーズの一員になれた気がします」
移籍決定から大きな注目を集め、多くのメディアでも取り上げられた。新天地でも、実績十分のベテランに寄せられる期待は大きい。それでも岸本自身には、開幕戦を迎えるまで「まだ何もここで仕事をした感覚はなかった」という。
だからこそ、最後のシュートを決めたことについては、「すごいホッとしています」と率直な心境を明かした。「チームとして勝てて、自分も大事な場面である程度の仕事ができた。まず一勝できて、やっと一員になれたと感じました」と続けた。
もっとも、一発のビッグショットで何かを成し遂げたつもりはない。今は「先を見ていない」と言う。目標を問われ、こう語った。
「こういう試合をどんどん積み重ねていった先に、プレーオフ出場、日本一というところにチャレンジできるようになる。目の前のことに対して全力を注ぐことを続けていくことが、強いて言えば目標かなと思います」
14シーズンを過ごした故郷を離れ、初めて選んだ新天地。リーグ全体に衝撃を与えた大きな決断とは対照的に、本人は自然体だ。これまでと変わらず、目の前のことに力を注いでいる。京都で始まったキャリアの新章。青をまとった岸本が、華麗に、力強く、新たな一歩を踏み出した。
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