コラム
「本当のことを言う勇気」をもった女性たち~PFAS訪米取材日記①~【平良いずみのよんな~よんな~通信】
目次
ノートに書き留めて、何度も見返す言葉がある。
「今の時代、個人、個人の勇気が試されている。自分に対して、そして他人に対しても、本当のことを言う勇気必要なのです」
これは、『戦争は女の顔をしていない』を書いたウクライナ出身のジャーナリスト・スヴェトラーナ・アレクシェービチの言葉。第二次世界大戦後、従軍した体験をひた隠しにしなければならなかった女性たち500人以上から聞き取りを行い、戦争の真実を明らかにしたアレクシエービチ。まさに「本当のことを言う勇気」をもってペンを取った彼女の言葉がずしりと重く心に響く。
アメリカで出会った勇敢な女性たち
「本当のことを言う」のは、正直しんどい。
PFASという化学物質による汚染についての調査報道を続ける中で私は、しんどいと感じることが多くなってきた。知れば知るほど、悲しく巨大な被害が広がっていて、自分にできることはあまりに小さいと痛感させられるから…。
しかし、そんな私の弱さを吹き飛ばしてくれる「本当のことを言う勇気」をもった勇敢な女性たちに、アメリカで出会った。
7月、アメリカ最南端のフロリダ州。
肌にまとわりつくような湿気を含んだ空気が全身を包み、ここは沖縄!?と錯覚するほど暑い真夏のフロリダに降り立った。
ヤシの木が並ぶハイウェイを走り、美しいビーチのあるリゾート地・ココアビーチを目指す。
取材対象者との待ち合わせ場所は、ビーチのすぐ近くにある図書館の駐車場。
そこにさっそうと現れたのは、黒のショートパンツにシャツ、サンダル姿のステル・ベイリーさん。
ステルさんは自らの手でPFASの調査を続け、汚染の実態をあぶり出してきた人だ。
なぜ、「本当のことを言う勇気」を持てるのか。そのことが聞きたくて、取材を申し込んだ。
でも、相手からすると、どんな報道をしているかもわからない海外から来た私たち取材班に本心を見せてくれるのか、緊張で全身が強張る。
そんな私の心の内を察してか、ステルさんは「遠くまで取材に来てくれて、本当にありがとう」と優しい言葉をかけてくれた。一気に緊張がほぐれる。握手を交わしてすぐ、「私の車に乗って!基地を案内するわ」との言葉に甘えて彼女の車に乗り込んだ。
ハイウェイ沿いにフェンスが続く。アメリカ屈指のリゾート地のすぐそばには、驚くほど広大な3つの基地が隣接していた。パトリック宇宙軍基地(旧空軍基地)、そして、ケネディ宇宙基地、ケープカナベラル宇宙軍基地。無論、これらの基地ではPFAS汚染の主な原因のひとつとされる泡消火剤が長い間使われてきていた。
飲んできた水に高濃度の“PFAS” 家族に起きた異変
その基地の間にあるラグーン(湖のような地形)の前でステルさんは車を止めた。
そのラグーンの水から高濃度のPFASが検出されたという。
そして、彼女の口から衝撃的な事実が語られた。
「2013年、私の叔父ががんと診断され、その後に父親、21歳の弟、それから数か月して、私自身ががんと診断されました。当時私は、娘を出産したばかりでした。叔父と父は亡くなりました」
あまりに重い事実に、私は次の言葉をみつけられずにいた。
そんな様子を察してステルさんは、こう言葉を続けてくれた。
「多くの痛みを感じ、多くの涙を流し、多くの眠れない夜を経験しました。でも、幼い子どもたちを残して死ぬわけにはいかない。私の原因を追究する旅はそこから始まりました」
ステルさんは家族に起きた異変の原因を探す旅を始め、行き着いたのは2018年の米国防総省の報告書。そこに記されていたのは、飲料水の取水源から検出された桁違いに高いPFASの値。
「430万ナノグラム」
アメリカの新たな規制値案「4ナノグラム」の実に100万倍を超える値だった。
「これが原因だ」と確信したステルさんは、独自で調査を進めてきた。
でも、立証は困難を極めた。なぜなら、ステルさん家族が罹患したのは血液のがんだったから。
アメリカの学術機関「全米アカデミー」がPFASとの関連性を示すエビデンスがあるとしているのは「腎臓がんや乳がん、精巣がん」。血液のがんは、現時点では含まれていない。
自らの手で真実をつかむ
立証が難しいのならば、自らの手で真実を掴む!として、ステルさんは環境団体「Fight For ZERO」を立ち上げ、自ら基地周辺の水を採取し、PFAS濃度を調査。事実を明らかにしてきた。
私たちが取材した日も、ケネディ宇宙センターが見えるボートの船着き場には、不気味な白い泡が漂っていた。それを採取して、地元の研究機関に送るという。
いま、ステルさんの熱意が周囲を動かし、地元の大学が全面的に協力している。
基地の街で生きるということ
ただ、協力体制を得られるまでの道のりは決して楽なものではなかったという。
ここは基地の街。人々は自分の生活を守るため、基地のことについて口をつぐむ。本当のことを言うステルさんは、嫌がらせや誹謗中傷を受けてきた。
私たちを乗せてくれた車を指さし、ステルさんはこう話した。
「車は古かったでしょ。新車を買わないのは、どうせまた傷つけられるから。これまで幾度となく車を傷つけられるなどの嫌がらせを受けてきた」と。
死を覚悟するほどの病を経験し、その原因を突き止めようと起こした行動に対し、おなじ街に住む人から向けられる憎悪・・・・・・。
胸を潰されるような感情が湧きあがった。
「本当のことを言う勇気」
「怖くないのですか」との私の問いに、
ステルさんは「怖いわ。でも、汚染について知った時、私はその原因を解明するために人生で二度目のチャンスを与えられたと感じたの。それが、私がいま行動していることの理由です」
と、凛として語った。
その姿を、私は一生忘れないと思った。
「Fight For ZERO」の活動は、事実の公表、権力の監視に留まらない。
PFASに汚染された水が供給されるも、浄水器が設置できない家庭のために寄付金を集め、浄水器を無償で提供しているという。
社会的弱者の救済まで行うステルさんの道程を映像に残し、伝えたいーと、心の底から思った。
自宅の一室にあるオフィスには、闘病中に愛用していたというカラフルなウィッグが並ぶ。それを見て自身を奮い立たせていると、ステルさんは言う。
「私はこの闘いに参加する時に人々に言います。“それはとても厳しく、険しいものです”と。
だからいつも活動の原点に立ち返ります。私の原点は、子どもたち。子どもたちに私と同じ想いをさせてないよう乗り越えていきます」
彼女の目に宿る強い光をみて、私に足りないのは、「本当のことを言う勇気」と、くじけない意志なのだと思い知った。
「本当のことを言う勇気、本当のことを言う勇気」―
呪文のように唱えながら、これから番組づくりに臨みます!
アメリカ取材の内容をまとめて、ニュースの特集として放送しました。
ステルさんのほかに、今回のコラムには紙幅の問題で書けなかった勇敢な女性が登場します。
ご覧いただけたら嬉しいです。
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