暮らし,沖縄経済
なぜ「スッパイマン」は全国で売れたのか?沖縄発ローカル菓子の成長戦略
沖縄で日々生まれる新しいビジネスと、挑戦を続ける企業の“いま”に迫る経済トーク番組
『OKINAWA BUSINESS FRONTLINE』(沖縄テレビ 毎週土曜午前11時20分放送)
県外のお店で、沖縄生まれの商品を見かけると、どこか誇らしい気持ちになる。
そんな沖縄を代表するお菓子を全国に届け続ける企業、株式会社上間菓子店の上間幸治さんが登場。
「沖縄で生まれ、100年続く全国ブランドへ」
このメッセージを掲げる同社は、「スッパイマン」で知られる老舗。
創業60年を迎え、一つのローカル菓子をいかに全国ブランドへと育て上げたのか。
その裏側には、時代を捉えた戦略と挑戦があった。
目次
菓子問屋からメーカーへ。「スッパイマン」誕生の背景
今や沖縄を代表する菓子メーカーとして知られる上間菓子店だが、その始まりは製造業ではなかった。
1966年、アメリカ統治下の沖縄で菓子問屋として創業。転機は本土復帰だった。
本土企業の進出を見越し、創業者は製造メーカーへの転換を決断する。
では、なぜ「梅」だったのか。
当時の沖縄では、台湾や中国から輸入された干し梅が日常的に親しまれていた。
しかし本土復帰後、それらに使用されていた甘味料が日本では使用禁止となり、輸入はストップする。
「沖縄の人が食べていたものがなくなる。それなら、日本の基準に合わせた干し梅を自分たちで作ろう」
この決断から、1981年、日本初となる干し梅「スッパイマン」が誕生した。
一夜にして全国区へ。ある国民的スターの一言が起こした奇跡
沖縄では人気を博したものの、全国への道のりは険しかった。
当時は沖縄の知名度も低く、「干し梅」という商品も一般的ではなかった。
展示会でも注文は少なく、赤字が続いていたという。
そんな状況を一変させたのが、2000年。
音楽番組「ミュージックステーション」に出演したSMAPの木村拓哉さんが、「沖縄で食べたスッパイマン」と語ったのだ。
この一言をきっかけに注文は急増。
「次の展示会では、発注が3000万円になった」と三代目・上間浩司社長は振り返る。
これを機に売上は急成長し、「スッパイマン」は全国ブランドへと飛躍した。
大手の参入、そして起死回生の「横展開」戦略
しかし成功の裏で、新たな壁が立ちはだかる。
市場の拡大とともに大手企業が参入し、業績は下降傾向に。
この危機を打開するため、上間社長が打ち出したのが「ブランディング」、特に「横展開」の戦略だった。
自社で梅を生産していないため、6次産業化(縦軸)は難しい。
そこで、他社とのコラボレーションによってブランド価値を高める「横展開」に活路を見出す。
県内外企業との共同開発や、「ちいかわ」や「ポケモン」、「ガンダム」といった人気キャラクターとのコラボを積極的に展開。
異なる客層へのアプローチに成功し、現在では全国認知度70%を達成している。
「スッパイマン」の次へ。新たな挑戦と未来へのビジョン
一方で、「スッパイマン」という強力なブランドゆえに、第二の柱が育ちにくいという課題も抱えている。
そこで立ち上げたのが新ブランド「紅うむい」。
紅いも分野に挑戦し、パートナー企業と連携しながら収益基盤の強化を図るとともに、得たノウハウを今後の梅商品開発へとつなげていく。
さらに、もう一つの柱として注力するのが「IPビジネス」。
物流に依存しないモデルで沖縄の地理的ハンデを克服し、世界市場も視野に入れる。
創業60周年とスッパイマン誕生45周年を迎え、直売店「上間商店」もリニューアル。
「沖縄から100年続く全国ブランドを育てる」——その実現に向け、挑戦はこれからも続く。
菓子問屋から始まり、幾多の困難を乗り越えてきた上間菓子店。
その歩みと未来への想いは、ぜひ番組でご覧いただきたい。
詳しい話は、番組『OKINAWA BUSINESS FRONTLINE』で。
毎週土曜 午前11:20~11:45 沖縄テレビにて放送中
あわせて読みたい記事




