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松永 多佳倫

松永 多佳倫

エナジック福地楽偉門は怪物スラッガー!驚異の3打席連続ホームラン、甲子園に届かなかった強打の捕手が描くプロへの夢

強肩強打のキャッチャーエナジック福地楽偉門が堂々宣言「左で打てるキャッチャーとしても活躍します」

本物のホームランバッターは、打席に立つだけでわかるものだ。
長嶋茂雄、王貞治、張本勲、落合博満、清原和博、松井秀喜、大谷翔平……球史に残るレジェンドたちは、高校生の頃から球場の空気を一変させるような独特なオーラをまとってバッターボックスに入っていた。それが、野球の神様に選ばれたスターの証でもある。

エナジックの福地楽偉門。
ご利益がありそうな名前といい、福耳を含んだ面構えといい、性格も強気でマイペース。
プロ向きのキャラクターだと一目でわかった。

目次

3年春季九州大会準々決勝で脅威の3打席連続ホームラン

強肩強打のキャッチャーエナジック福地楽偉門が堂々宣言「左で打てるキャッチャーとしても活躍します」

エナジックの強肩強打のキャッチャー・福地楽偉門が全国的にフィーチャーされたのは、今春の九州大会で4本塁打を放ち、そのうちの3本は3打席連続という脅威の記録を残したことだ。
この打棒で一躍世代トップクラスのキャッチャーとして全国的に名が知れるようになった。

2024年春のセンバツ甲子園から低反発バットが完全導入された高校野球では、ホームランが連発する空中戦のような試合はほぼ皆無となった。
かつては高校通算ホームラン50本、60本以上のドラフト注目選手が毎年乱立していたが、今は30本も打てれば御の字だろう。そんななかで3打席連続ホームランは、ひときわ目立つ記録でもあった。

精悍な顔つきの福地が満を持して言う。

「九州大会準々決勝の飯塚戦、2対1で負けじと迎えた6回表の第3打席。ソロホームランで同点にしたことで次打者が続いて逆転してくれました。
次の打席でツーランホームランを打って突き放したものの、8回に逆転されたことで『絶対に負けられない』という強い気持ちが入りました。守備の時から、最終回に打席が回ってくるって分かっていたので、自分がどういうふうに打つかをイメージし、『自分で決めてやろう』という気持ちで打席に入り、その結果がホームランにつながりました。
もう狙っていたとかじゃなく、自分のスイングをすることだけを心がけましたね」

福地の高校野球は決して順風満帆ではなかった。

福地は大宜味中学時代、最後の中体連が終わり、軟式野球出身者で構成される沖縄選抜チームに選ばれた。
他には、沖縄尚学の末吉良丞、久高大瑚、仲間夢祈、田場典斗、興南の丹羽蓮太など錚々たるメンバーがいた。
高校野球の準備期間として中学3年生を対象にした育成会主催のドリームカップで、沖縄選抜は準優勝を飾ったのだ。

福地は、迷わずエナジックに進学すると決めていた。
しかし中学時代に肘を手術して完治していたものの、別の肘の周辺部分を痛めてしまったおかげで、高校入学後の1年間は完全リハビリと身体作りに励んだ。

こうしてレギュラーを獲得したのは2年秋の新チームからで、最初は五番でファーストを守っていた。
翌年、春の大会より三番キャッチャーとなってパワー炸裂の打棒が磨かれていき、春季県大会では16打数5安打、打率.313で優勝を飾る。
そして九州大会では、17打数7安打、4本塁打を放つなど打率.412で春季九州大会を制覇した。このときの決勝戦の相手が、沖縄尚学。

「九州大会決勝戦に末吉と新垣が投げないのはわかっていましたので。
高2の夏・秋と末吉を攻略できずに負けたことで余計に気持ちが強くなって、『夏は絶対に倒してやろう』と冬トレをやり、いけるんじゃないかという手応えは感じていました」

春季九州大会では沖縄尚学のエース・末吉良丞が左肘靭帯損傷のため離脱し、右の本格派・新垣有絃が中心となって勝ち上がってきた。
そして決勝戦、沖縄尚学は夏を見越して控えピッチャーの継投で試合を組み立ててきた。
しかし、控え投手だけではエナジックの強力打線を抑えることはできず、5対1でエナジックが初の九州大会を制覇したのだ。

3年連続夏の決勝で敗退

強肩強打のキャッチャーエナジック福地楽偉門が堂々宣言「左で打てるキャッチャーとしても活躍します」

2026年夏の沖縄県大会は、戦前から沖縄尚学とエナジックの2強と言われ、決勝は下馬評通り2校の対戦となった。エナジックにとって夏の決勝進出は3年連続となる。

「1、2年の時はベンチ入りできなくて、ボールボーイでした。グラウンドで見ていて歯がゆい気持ちでした。
2年の時は沖尚の末吉が先発で投げて負けました。
末吉とは中学校の沖縄選抜チームでバッテリーを組んでいたのもあって、よく知っていました。
その末吉が甲子園優勝ピッチャーになったことで自分もどんどん燃えてきて、勝負したいなって気持ちでずっといました。
三度目の正直で沖縄尚学に勝って甲子園に行きたかったんですが、最後にあと一歩届かず、一番悔しい思いをしました。自分の前で試合終了してしまったので、あと一人(塁に)出ていればっていう思いは残りました」

延長10回の末、4対3で惜敗し、これで3年連続夏の県大会決勝での敗退。これが何を意味するのか。野球を少しでもかじったことのある人なら、これほど悲劇的な結末はないと痛感するだろう。

全国トップレベルは一冬における身体の作り方が違う

強肩強打のキャッチャーエナジック福地楽偉門が堂々宣言「左で打てるキャッチャーとしても活躍します」

最後の夏、あと一歩で甲子園の切符を逃し、忸怩(じくじ)たる思いを抱いた福地は、甲子園期間中の8月17日からのジャパンサマーリーグに参加している。
ジャパンサマーリーグとは、夏の地方大会を終えて甲子園に出場できなかった高校3年生を中心に、実戦経験を積むため沖縄で開催されるリーグで、第3回となる2026年大会は全国10都府県27校から36人が参加した。

「チームメイトから誘われたのがきっかけで参加しました。
夏が終わってバッティングをやってない期間があったので、打ち方をちょっと忘れてる部分がありましたね(笑)。
調子がまったく上がらず納得いくバッティングが全然できなかったです。でも勉強になる部分はありました。
まず体のサイズっていうか、厚さだったり体重だったりとか、筋力トレーニングの仕方が全然違うんだろうと感じました。
冬の寒い時期でも沖縄はボールを使って練習できるじゃないですか。本土はボールを触らない時期が一定期間あるんで、その分筋力トレーニングをして筋力アップと基礎体力をつけてます。
だからみんな、打球が強かったですね。筋力トレーニングによって、普通なら抜けない打球が抜けていったりするほど、筋トレの成果で打球の質が変わってきますね」

プロを見据えてのサマーリーグ参加は言うまでもなく、己の能力を伸ばすためにはどんな努力も惜しまない福地。
エジソンの名言――『天才とは1%のひらめきと99%の努力』ではないけれど、福地の最大の才能は努力できることだ。

王貞治はこう言った。

「努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない。努力しても報われなかった、それは努力をしていなかったからではなく、努力とは呼べない域だった」

最後に福地は堂々と目を見据えて口を開く。

「プロでは怪我せずにいつまでも長く、第一線でプレーするために体を作って、日本を代表するようなキャッチャーになるのが一番です。プロのレベルになると、キャッチャーは守備重視になると思いますが、インサイドワークなどの守備面も当然強化しつつ、打てるキャッチャーを目指します」

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