与那国町,先島諸島,暮らし,沖縄移住
沖縄の離島に移住して31年目。迷うことなく「とても満たされています」虫を追いかけてたどり着いた与那国島
東京から沖縄本島の那覇まで南西に約1,600km、那覇からさらに南西に約400~500km 離れた場 所に位置する八重山諸島は、石垣島を中心とした12の有人島と多くの無人島から構成されています。
この連載『教えて島暮らし 〜沖縄移住者の声〜』では、石垣島を中心に八重山諸島の島々に暮らす移住者から「島暮らし」のリアルな体 験談や思いを紹介していきます。
今回は、 与那国島に移住して31年目の村松稔(むらまつ みのる)さん、49歳を紹介します。
日本最西端の国境の島、与那国島は、沖縄本島から約500km離れたダイナミックなランドスケープが魅力の孤島です。断崖絶壁に囲まれた島は、海底に沈む巨大な海底遺跡や、与那国馬、カジキマグロ釣り、冬のシュモクザメ(ハンマーヘッドシャーク)の大群でも有名です。沖縄本島や石垣島とはまた違う、独特な雰囲気と、美しい大自然、そして独自の文化が残る唯一無二の島です。
目次
名古屋から移り住み31年目
Q:出身地はどこですか?移住して何年目になりますか?
A:名古屋出身です。今年4月から31年目になります。
Q:家族構成を教えてください。
A:現在は、ひとりです。
好きなことを仕事に生かす
Q:お仕事は何をしていますか?
A:教育委員会の職員として社会教育、文化財の業務を担当しています。町民の自立的な学習を支援し、人づくり、地域づくり、伝統文化の保存活用を推進するため、さまざまな事業を行っています。
活動の中からいくつか紹介します。
まずは、与那国民謡の文化継承事業では、与那国民謡にゆかりのある地に歌碑を設置し、教育や観光に活用できる環境づくりを進めています。QRコードを読み取ることによって、その場で民謡を聴くことができます。 先日は、島民の協力の元、「歌碑巡りツアー」を開催しました。
与那国島の自然と文化を知るカレンダー制作事業では、毎年、さまざまなテーマでカレンダーを制作し、全世帯へ配布しています。与那国島の暮らしに役立つように、 その時季ならではの自然現象や祭事行事、暮らしの知恵などを掲載しています。 祭事を司る日程などは、毎年旧暦などで変わりますが、島の先輩に習いながら知識を得ています。
社会教育関連団体支援事業では、自治公民館、女性連合会、青年会、PTA 連合会など、社会教育関連団体が行う自主的・主体的な地域振興活動を支援し、住民自治、家庭・学校・地域連携、人材育成を推進しています。また、それぞれの活動団体をつなげたり、紹介をしたりする役割も担っています。
国指定文化財保存活用計画策定事業では、 国指定の名勝、天然記念物である「久部良バリ及び久部良フリシ」「ティンダバナ」「サンニヌ台」について適切な保存と活用を進めるための方針を定め活動しています。
与那国方言保存継承支援事業では、与那国方言を過去の遺産ではなく、生きた言葉として保存継承、活性化を図るため、方言辞典の編纂、 方言教室やワークショップの開催、動画コンテンツの作成などに取り組んでいます。
アヤミハビル館では、沖縄県指定の天然記念物、ヨナグニサン(方言名:アヤミハビル)の保護増殖に取り組みながら、資料の展示や観察会などを通して、与那国島の自然や動植物に関する普及啓発活動を行っています。
特に硬い虫が好きなので、アヤミハビル館に展示されている標本は、チョウをのぞいて、僕が採集して作った標本がたくさん展示されています。
昆虫を求めてたどり着いた場所が与那国島だった
Q:お住まいはどうしていますか?
A:久部良集落で、一軒家を借りています。
Q:移住した理由を教えてください。
A:僕は、幼い頃から無類の昆虫好きで、琉球列島の生き物、昆虫に興味があり、安間 繁樹氏の書いた『西表島自然誌―幻のオオヤマネコを求めて』というエッセイ本を読んだ時に、「僕はこんな暮らしをするんだ」と決めました。
高校1年生の夏に初めて一人旅をして西表島に行きました。あてもなく野宿をするような旅でしたが、大好きな昆虫を追いかけて過ごす時間は、何事にも代えがたい体験となりました。
その後、名古屋でお世話になっていた自分にとって師匠のような方の紹介で、昆虫を追いかけるようにして与那国島に渡り、移り住むことになりました。
僕の中では、「与那国島に移住したくて移り住んだ」という感覚はなく、「昆虫を求めてたどり着いたのが与那国島だった」という表現の方が正しいかもしれません。
島の魅力
Q:島の魅力を教えてください、それはなぜですか?
A:自然と文化。島ごとの独自性、固有性。僕が島に興味を持ったのは、そこに生育する昆虫や生き物からです。
昆虫は、同じ種であっても地域ごとに形や色、生態までも少しずつ変わってきます。八重山の島々の文化や自然もまた、その独自性や固有性がそれぞれ違い、そこが魅力的です。
例えば、言葉、祭事、うた、食物など、同じ八重山諸島の中でもそれぞれの島が特徴を持ち、独自の在り方で存在しています。海で隔たれていたり、または繋がっていたりすることで、島々は独特な自然環境や文化の在り方を保持しています。僕はそこに興味があり、もっと知りたいと強く思うのです。
「今の僕があるのは、与那国島のおかげ」
Q:移住してよかったことを教えてください。
A:僕には「移住した」という感覚はないのだけれど、今の僕があるのは与那国島のおかげです。
昆虫のことにしか目を向けていなかった僕が、教育委員会の職員として仕事をするようになり、視野が広がり、島全体、八重山、社会へと目を向けるようになりました。とは言え、昆虫の世界への眼差しが僕の全ての基本、ベースなのですが。
与那国島の暮らし
Q:移住して困ったことはありますか?
A:特にないです。もっと便利な方が良いとか、コンビニがあった方が良いという人もいるかもしれませんが、僕は今の生活に満足しています。
Q:地域の行事に参加していますか?
A:はい、しています。島民として参加している行事の中のひとつには、僕が暮らしている久部良集落のハーリーがあります。また、教育委員会の職員として、学校と地域の行事や、公民館と地域の行事を繋ぐ活動もしています。
Q:島の医療はどうですか?
A:最低限(これまで通り)の医療施設(診療所)は必要だと思います。
Q:本土に帰ることがあればどのくらいの頻度で帰りますか?
A:今は、1年に1度程度、年末年始に帰っています。与那国島に移り住んでから、1年以上帰らなかったことはないです。
Q:買い物はどうしていますか?
A:主に島内の商店で済ませています。最近、アマゾンでの買い物を覚えました。
原点回帰
最後に、村松さんに今後の目標や、やってみたいことを聞きました。
村松さん
原点回帰です。仕事柄、多くの時間を行事に割いていますが、もっと自分が好きなことにじっくりと向き合いたいです。与那国島の自然を見ること、記録すること、伝えることに時間を費やしたいです。
昆虫を求めてたどり着いた場所で、31年目を迎える村松さんは、迷うことなく「僕は、とても満たされています」と笑顔で話します。
その言葉を聞いた時「移住する意味ってなんだろう」という考えがふと頭を過ぎりました。今いる現状を抜け出したい人、もっと幸せになりたい人、様々な理由があると思います。ただ、その思いの先には、誰もが「満たされた人生をおくりたい」という願いがあるのではないでしょうか。
どんな生き方が正解かは、人それぞれだけれど、村松さんは、世界でたったひとつの村松さんだけの正解を、与那国島でこつこつと積み上げ、作り上げました。
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