公開日
松永 多佳倫

松永 多佳倫

末吉良丞の最後の夏、初戦DH7番で5打数2安打。「正直、一発狙ってました」バッターとしての決意と覚悟

末吉良丞の最後の夏、初戦DH7番で5打数2安打。「正直、一発狙ってました」バッターとしての決意と覚悟

末吉良丞の最後の夏が始まった。
高校2年で夏の甲子園優勝は確かにもの凄い偉業ではある。それでも同級生で戦う3年生最後の夏こそ高校野球において特別なものはない。やはり誰がなんといっても3年生最後の夏なのだ。

6月23日、沖縄にとって1年で一番特別な日である“慰霊の日”。
沖縄戦が終結した日として約20万人の戦没者を追悼し平和を誓うための県の公休日であるこの日、セルラースタジアムで沖縄尚学と沖縄水産が対戦。
慰霊の日ということで正午近くになると試合を中断し、正午ちょうどに戦後81年間の思いを込めて1分間の黙祷を捧げた。

沖縄水産は名将栽弘義が率いて1990、91年と2年連続夏の甲子園準優勝した古豪。
そしてその栽きっての教え子である金城孝夫が99年沖縄尚学で監督として沖縄初の選抜甲子園優勝に導き、そのときのエースが現沖尚監督の比嘉公也。沖縄県高校野球史に色濃く刻んでいった強豪と古豪が23日の慰霊の日に対戦するのもなんとも不思議な巡り合わせだ。

沖縄尚学の初戦のスターティングメンバーが発表され、大声こそ出さなかったもののスタンドはざわめいた。

7番DHに末吉の名がボードに刻まれたのだ。
背番号10を付けた末吉は、最後の夏の大会初戦についてこう語った。
「やっぱり最後の大会だからといって硬くなるわけでもなく、しっかりやるのは当然にしても最後は必ず楽しみながらやりたいっていうのがあったので、そういうのも念頭にいれて試合の入りができたかなと思います」

大事な初戦のマウンドには、末吉・新垣のダブルエースのどちらでもなく、甲子園のマウンドを経験しているサウスポーの久髙大瑚の姿があった。
末吉のように力で押すのではなく、130キロ台の速球と変化球を織り交ぜながら緩急で打ち取るタイプ。甲子園への扉を賭けて、沖縄尚学の夏が始まった。

目次

背番号10の意味合い

末吉良丞の最後の夏、初戦DH7番で5打数2安打。「正直、一発狙ってました」バッターとしての決意と覚悟

沖縄尚学は、初回に先頭打者の玉那覇宝生のスリーベースから二番慶留間大武のファーストゴロエラーで早々と1点先制。貧打が専売勅許という有難くないイメージの沖尚打線が“この夏は違うぞ”と思わせる試合展開かに見えた。らしくない勢いがあったのはこの回のみで、打線はすぐさま沈黙する。

そして、2回表先頭打者で末吉がバッターボックスに入る。

本来ならエースナンバーを付けての初戦ベンチ温存のはずだった。しかし4月のU-18高校代表合宿後に肘に違和感を覚え、そこから春の九州大会はおろか練習試合でさえ一度もマウンドに上がっていない。
夏の優勝投手がまったく投げないことで、いろんな憶測が沸き起こった。肘痛重症説からわざと隠しているのか、はたまた夏の大会後トミー・ジョン手術をやるのでは… 有象無象があらぬ噂を立てまくる。いつの世でも醜聞を食い物にする輩が蠢くもので、未成年だからといって容赦はしない。

それをシャットダウンするかのように、6月6日の智辯学園との招待試合後に比嘉公也監督が報道陣の囲み取材に「左肘靭帯損傷の疑い」と発言。ただあくまでも“疑い”を強調し、断裂ではなく広い意味での損傷、それも“疑い”だと断言することで周囲を黙らせた。

夏には間に合わないとメディアは確信するものの、末吉自体のモチベーションはどうなのか。高校野球の取材において昨今のスキャンダラス報道が本懐ではなく、本来はレギュラー、控え関係なく泥まみれに頑張っている選手たちの心の内を市井にどうやって伝えるかが使命である。
そういった意味でも末吉はこの3カ月の間、塗炭の苦しみをずっと味わっていたはずだ。

周囲の雑音もそうだが、投げられないジレンマが末吉の顔から笑みを消していった。

打撃開眼のためフォームを改良

末吉良丞の最後の夏、初戦DH7番で5打数2安打。「正直、一発狙ってました」バッターとしての決意と覚悟

末吉の構えが少し変わった。昨年までガニ股とはいかないまでもスラッガーのように両足両ひざが開いていたのを内股気味に寄せている。
タイミングを捉えやすいように歩幅を狭めて内股にして、できるだけ球を引きつける打棒に改良したのだ。

当たればチーム一のパンチ力を持つ末吉。あとは確実性を求めて強く振ることだけを心がける。
「高校三年間の集大成である最後の夏の大会で出してもらっているからには絶対一本ヒットを打ちたいという気持ちがあります。
気持ち的にはいつでも打つ気満々で立ってますので、いかに打席で冷静になれるかだと思います」

一死二塁での3打席目、力で持っていったライト前ヒット

末吉良丞の最後の夏、初戦DH7番で5打数2安打。「正直、一発狙ってました」バッターとしての決意と覚悟

1、2打席凡退後の6回表1対0のリード、一死二塁で第3打席が巡ってきた。初めてランナーを背負った打席で末吉は、初球を見送った。過去の2打席は初球を果敢に振ってきただけに、この打席の入りが違った。

「いつでも準備できているっていうのが打席での一番のテーマですので、初球からガンガンゾーンに入ってきたら打ってくぞっていう気持ちを出しながら打席に入りました。正直一発狙っていたので」

いつのもように淡々とした口調で始まる末吉が、最後の「一発を狙っていたので」で笑顔を見せる。
泰然自若のなかにも愛くるしいキャラクターの末吉がやっと帰ってきた。間に合った。完全に吹っ切れたというか、最後の夏に向かって切り替えた姿がそこにあった。

1ボール1ストライクの3球目ややインコース寄りの高めの球を思い切り引っ張り、1.2塁間を抜けるライト前ヒット。
クリーンヒットではないが、力で持って行ったヒット。前の打席が見逃し三振だっただけに、意地を見せた打席でもあった。
その後、二死二、三塁となり9番の久田亜友斗のレフト前ヒットで、セカンドランナーの末吉は激走し、周囲を驚かすほどのど迫力のヘッドスライディングで2点追加。末吉はユニフォームの前面を泥だらけにしながら「しゃぁー」と吠えた。今までの鬱憤を晴らすかのような天に届かんばかりの咆哮だった。

チームを鼓舞するためヘッドスライディングからの雄叫び

末吉良丞の最後の夏、初戦DH7番で5打数2安打。「正直、一発狙ってました」バッターとしての決意と覚悟

「ヘッドスライディングしたら周りはびっくりしていて、監督には頭から行くなと言われました。気持ちが前に出すぎて反射的に滑ってしまったんですけど、別に痛みも何もなく終えることができたので問題ないと思います。
初回以降三人で終わる場面が多くてなかなか点が入らない状況が続いていたんで、チームを鼓舞する意味で声を出しました」

この末吉の気迫のヘッドスライディングがナインに刺さったのか、最終回にも2点追加。6回一死一、二塁のピンチでマウンドに上がった新垣有絃は難なく抑え、3回3分の2を投げて被安打2、7三振で5対0と快勝した。

末吉は最終回にも打席が回り、一本出ているせいかリラックスした状態でバッターボックスに入れた。4打席目の初球をセンターフライに上げてしまったものの、外野に運べたことで徐々にミートポイントを修正していく。

自然体の構えから外寄りの球にうまく反応しておっつけるように振り抜く。ジャストミートした当たりはショートの横を鋭いライナーで抜けるレフト前ヒット。これで5打数2安打1得点。うち3打席は先頭打者のため、ランナーがいる状態での打席はすべてヒットを放っている。バッター末吉のデビューとしてはまずまずの好スタートだ。

エース新垣有絃が込めたキャッチボールの意味とは

末吉良丞の最後の夏、初戦DH7番で5打数2安打。「正直、一発狙ってました」バッターとしての決意と覚悟

この試合、末吉は一塁側のライト方向のファウルゾーンにて二度ほどキャッチボールをしている。

「いつでも行ける準備をしてました。これだけいいピッチャーがいるので、焦ることなく一つひとつ自分の課題をクリアしていって、試合では万全の状態で投げられるように持っていきたいと思います」

5回裏に末吉は背番号1の新垣有絃と15球ほどキャッチボールをし、最後の一球のみ新垣から140キロ超の球を思い切り投げ込まれる。まるで新垣が「こっちは大丈夫だから、焦るな」と無言のエールを送るかのような全力の球をわざと見せつけたようだった。

比嘉公也監督は末吉について「7月からしか投げられない」と断言している。つまり7月まではドクターストップがかかり、それ以降は状態を見ながら現場の判断に委ねるという意味合いにも取れる。

末吉自身は「いつでもいける」というスタンバイのためのキャッチボールを自発的に行ったという。
準備をするのはいい。だが、ほんの少しでも違和感が拭えないのなら絶対に投げて欲しくない。これは願望だ。

敏感で繊細で頭の良い子だけに、周囲の期待を一身に受けようとする嫌いがある。たった1イニングならという安易な考えを希望の第一歩と勘違いし、絶望の淵に落とされた球児たちをこれまで何人見てきたことか。誰だって末吉が投げる姿を見たい。

筆者だってそうだ。ただこれだけは声を大にして言いたい。大人たちの勝手なエゴによって前途ある少年の未来を潰す権利など世界中どこを探したってない。未来を創っていくのは子どもたちだということを決して忘れてはならない。

じっくり丁寧にキャッチボールをする末吉

末吉良丞の最後の夏、初戦DH7番で5打数2安打。「正直、一発狙ってました」バッターとしての決意と覚悟

ブルペンの100球は公式戦の10球にも満たないと言われている。ましてや高校最後の夏のマウンドが、どれほどの重圧がかかるか計り知れない。

高校時代からスーパースターだった江川卓や松坂大輔、ダルビッシュ有は過密スケジュールでも上手く抜いて投げることができたが、末吉は力投型だ。
それだけに完治してないままだと肘が飛んでしまう可能性がある。
チームが苦境に立たされたときに本人は「投げられます、大丈夫です」と100パーセント言うに決まっている。

本人の意思を尊重するとか熱意にほだされたといった感情論ではなく、冷静に将来のことを思案して見極めることが指導者の役割だ。
周囲の外圧など負けずに本当の意味での選手ファーストを徹底してほしい。

絶対に焦らなくてもいい、仲間を信じて!

末吉良丞の最後の夏、初戦DH7番で5打数2安打。「正直、一発狙ってました」バッターとしての決意と覚悟

おそらく末吉のことだ。ある程度のコンディションでマウンドに上がっても1イニング程度なら抑えられるのだろう。でもそれで壊れたら元も子もない。油断は過信を招き、やがて破滅が襲う。

昨年の秋季大会以降、幾度となく違和感を覚えながら投げていたのだろう。正直に言えば、あの夏の甲子園だって100パーセントの状態じゃなかったはず。
今春の選抜甲子園のマウンドだって、常にフラストレーションを溜めながら投げていたに決まっている。

だからこそマウンドに上がるのは心身ともに万全の状態になってからと、そう自身で線引きをしてほしい。
ピッチャーとして点を取られなければ負けはしない。でも点を取らないと試合には勝てない。

バッターとして打って打って打ちまくって甲子園に導けばいい。
大丈夫だ、末吉良丞。
己を信じて、仲間を信じて。何よりもバッター末吉を信じて––––。

OKITIVE公式インスタグラムはこちら!
OKITIVE公式インスタグラムはこちら!

あわせて読みたい記事

あなたへおすすめ!