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東京・中野に沖縄エイサー40団体が集結 「第1回 関東沖縄エイサーまつり」に込めた“次の半世紀”への想い
目次:第1回 関東沖縄エイサーまつり
・沖縄の夏を象徴するエイサーが、東京・中野に響く
・戦後関東エイサーの歩みと、中野
・初開催で40団体 なぜこれほど大きな規模に
・「エイサー人の、エイサー人による、御万人(うまんちゅ)のためのエイサーまつり」
・「そのままでいいと」教えてくれたエイサー
・屋慶名青年会と園田青年会 関東のエイサーに与える刺激
・沖縄県民にも、関東の沖縄ファンにも届けたい2日間
戦後関東エイサーの歩みと、中野
戦前から関東には沖縄から仕事を求めて多くのが移り住み、県人会などコミュニティを形成してきました。
上原さんによると、このうち東京・中野では1970年に中野区青少年課の施策で開設された「中野区・沖縄郷土の家」で沖縄関係者を中心にエイサーがはじまった事をきっかけに関東圏でも「エイサーのある街」として認知されるようになったそうです。エイサーは沖縄を離れて暮らす人たちにとって、ふるさととの繋がりを示す一つで、沖縄に魅了された人たちにとっては、沖縄文化と出会う入口。そして中野の街にとっては、人と人をつなぎ、地域のにぎわいを生み出す文化のひとつとして受け止められてきたのかもしれません。
今回の「関東沖縄エイサーまつり」は、そうした中野で紡がれてきた歩みの上に生まれた新たな取り組みです。
まつり実行委員会委員長・上原慶さん
『次の半世紀、100年の継承を見据え、各々の団体だけで運営するのではなく、「今より関東にエイサー文化をどう定着させて継承していくか」を、エイサーに携わる人たちでコミュニケーションをより取り、「共感・共有・継承」していくことをテーマとするイベントとして立ち上げました。』
「第1回」という言葉には、新しいイベントの始まりであると同時に、関東エイサーの未来を見据えた思いが込められています。
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