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東京・中野に沖縄エイサー40団体が集結 「第1回 関東沖縄エイサーまつり」に込めた“次の半世紀”への想い
目次:第1回 関東沖縄エイサーまつり
・沖縄の夏を象徴するエイサーが、東京・中野に響く
・戦後関東エイサーの歩みと、中野
・初開催で40団体 なぜこれほど大きな規模に
・「エイサー人の、エイサー人による、御万人(うまんちゅ)のためのエイサーまつり」
・「そのままでいいと」教えてくれたエイサー
・屋慶名青年会と園田青年会 関東のエイサーに与える刺激
・沖縄県民にも、関東の沖縄ファンにも届けたい2日間
「そのままでいいと」教えてくれたエイサー
今回のまつりを語る上で欠かせないのが、上原さん自身とエイサーの関係です。「エイサーのまち」として知られる沖縄市で育った上原さんにとってエイサーは、特別に構えるものではなく、日常にある当たり前の行事だそうです。しかし、上京後、その存在は上原さんにとって少し違った意味を持つようになりました。
まつり実行委員会委員長・上原慶さん
『自分自身を「そのままでいい」と教えてくれた故郷からのメッセージ。』
県外でエイサーを踊るつもりはなかったという上原さんですが、中野駅前でエイサーの練習をしている団体を見かけたのをきっかけに心が動き、入会したそうです。そこから、東京での暮らしの中で「自分らしく」いられるようになり、気持ちが楽になったと振り返ります。
沖縄を離れたからこそ、太鼓や三線、囃子の音に救われる。関東でエイサーが広がってきた背景には、上原さんのように、沖縄の音に背中を押されてきた人たちの物語があるのかもしれません。
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