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入学前の末吉良丞の噂など気にも留めない沖縄尚学の元主将・眞喜志拓斗がひとり悩める苦悩と真実
仲のいい選手なんて誰もいなかった
「自分にとって甲子園優勝は他のメンバーとは違う格別な喜びをひとしお感じました」
愛嬌のある顔つきが信条の眞喜志は冷静沈着にそう答えた。高校2年秋から主将としてチームをまとめあげ、その集大成が最後の夏の甲子園で優勝し最高の形で締めくくった。
参加校3396校のなかで唯一最後まで歓喜に酔いしれることができるのがたった一校のみ、それが甲子園優勝校なのだ。
「夏の県大会に入る前は、チームの状態が苦しくて、正直このままいったらコロッと負けちゃうんじゃないかと思ってました。
みんな中学では鳴らしてきた奴ばかりなので個性が強くて、ひとり一人が孤立した感じになっていて、チームとしてまとまってなかったです。
各個人個人が結果を出せず、このままでは負けると思いながら夏の大会に入りました」
沖縄尚学は万全の体制どころか不安要素だらけで県大会に臨まざるを得なかった。各々の調子が上がらないことで、チームにまとまりを欠いていく。
県内選りすぐりのトップレベルの選手が一同集結しているせいか、“俺が俺が”の意識が強すぎた。
眞喜志は主将であるがゆえに、ナインに対し厳しく言及するケースも多々あった。そうすることで、ナインとの間に徐々に距離感が生まれ始める。
「チームをまとめるために強く言うのも覚悟のうえでやっているので仕方がありません。
みんなからはよくわからない奴と思われていたかもしれませんね。
まあ、めちゃめちゃ仲よかった奴はいなかったですから」
言いにくいことでも悪役となって面と向かって言う。それが強豪校の主将に課せられた使命でもあり、勝負に勝つためには必要な所業でもある。
夏の大会前にバラバラになったチームをなんとか立て直そうと、眞喜志はひとりもがき苦しんだ。多感な17歳の少年が自ら仲間と距離を置き、たったひとりで責任を果たすために喘ぎ、見えない何かと抗う。
それもこれも甲子園という目標があるからだ。結局チームが一丸にならないまま夏の大会が始まった。
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