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入学前の末吉良丞の噂など気にも留めない沖縄尚学の元主将・眞喜志拓斗がひとり悩める苦悩と真実
甲子園に来てからようやくチームがまとまり出す
「チームがまとまり出したのは、やっぱり甲子園に入ってからじゃないですかね」
キャプテンの眞喜志は落ち着いた物言いで分析しだす。
「甲子園の初戦金足農業戦はまったく打てなくて、唯一末吉のピッチングの調子が良かったため、
負けなかった。打撃陣が弱いっていうのは自覚していました。ただ、少ないチャンスをしっかりものにできるという自信はありました。
だからヒットが出なくてもチャンスをしっかり回収して、ピッチャーが抑える。バッテリー中心の守備で抑えるっていうのが自分たちの野球だったので、ロースコアで勝てたんだと思ってます」
初戦の金足農業を1対0で勝ったことで、むしろ自分たちの持ち味をしっかり掌握できたのが幸いした。
チーム打率が低くとも少ないチャンスをものにすることでゲームの流れを引き寄せ、やがて勝機が生まれてくる。そしてやはり一番は、末吉、新垣の二枚看板が県大会からの好調を維持できていたのが大きい。
あの大舞台で臆することなく各々の武器で大胆に攻め込んで抑え、準決勝決勝は継投策が功を奏し、見事甲子園優勝に導いた。
眞喜志は主将として最後の夏に優勝できたことで、自分にしかない特別な感情がこみ上げてきたのだった。
甲子園期間中、剛腕末吉良丞、新垣瑞稀・有絃の新垣兄弟、宜野座恵夢、安谷屋春空など個性ある面々が連日入れ替わりヒーローとなり、メディアに持ち上げられる。
どうしても野球はピッチャーがスポットライトを浴びやすく、沖縄尚学の夏の甲子園優勝は左右好対照の超高校級投手・末吉、新垣のおかげだという印象が強い。
実際そうなのかもしれないが、本当はグラウンド内外において主将・眞喜志の目に見えない働きこそがチームの動力源につながっている。
唯我独尊のメンバーたちを捨て身でまとめていった眞喜志の力があったから、真紅の優勝旗を手にできた。
目に見えることばかりが事実ではなく、たとえ見えなくとも感じ取る力こそが人間を豊かにする。
大きな勲章の裏には必ず縁の下の力持ちの存在が大きい。それが眞喜志であり、メンバー外であることを我々は絶対に忘れてはならない。
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