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OKITIVE編集部

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アナウンサーが語る”沖縄移住”Vol.03:頼れる人はほぼゼロだった。植草アナの生活をガラリと変えた「子どもの存在」

目次:アナウンサーが語る”沖縄移住”Vol.03
・知り合いゼロを救ってくれた、こども園の繋がり
・誰もが子どもを大好きでいてくれる、島の優しさ
・移住者同士の輪と、取材先での出会い
・関西弁と方言が混ざり合う、海と公園の休日
・沖縄の優しさの背景にあるものとは?
・アナウンサーが語る”沖縄移住”Vol.01

移住者同士の輪と、取材先での出会い

アナウンサーが語る”沖縄移住”Vol.03:頼れる人はほぼゼロだった。植草アナの生活をガラリと変えた「子どもの存在」

沖縄で暮らすなかでの人との繋がりやコミュニティは、地元のうちなーんちゅ(沖縄の人)との間だけでなく、外からやってきた「移住者同士」の間でも、すごく生まれやすいなと感じています。
沖縄には「兵庫県人会」という、私の生まれ故郷である兵庫県出身の人間が集まるオフィシャルなコミュニティが存在しているのです。
「島の中に、兵庫出身の人がそんなにたくさんいるの?」と驚かれるかもしれませんが、なんと、その会員数は100人から200人近くにものぼる規模を誇っています。そして、この兵庫県人会では、月に1回のペースで定期的に、居酒屋などにみんなで集まって賑やかな飲み会が開催されているのです。
沖縄は、全国からたくさんの移住者が集まってくる場所ですから、自分と同じように外からやってきた人間同士の「移住者コミュニティ」というものが出来やすい土台があります。

アナウンサーが語る”沖縄移住”Vol.03:頼れる人はほぼゼロだった。植草アナの生活をガラリと変えた「子どもの存在」

さらに、私の場合はアナウンサーという仕事をしているため、取材先での出会いからプライベートの友人が生まれることも多々あります。
スポーツ取材では、年代が近く、気の合う選手と出会うこともあります。Jリーグの「FC琉球」の選手の中には、取材を通じて知り合った後、プライベートでも「じゃあ、今度一緒に食事でも行きましょうか」という話になって、一緒に食事に行ってプライベートな友人として親しくさせてもらうこともありました。

こうしたスポーツチームの選手たちを見渡してみても、彼らもまた、大半の選手が県外から志を持ってやってきた移住者なんですよね。メンバーがほぼ全員移住者、というチームもあります。そういった境遇もあって、外から来た人間同士、お互いに距離の近さというものをすごく感じやすいですし、コミュニティにスッと入りやすい。
沖縄は、地元のうちなーんちゅの皆さんが本当にフレンドリーで、新参者の私たちを温かくコミュニティに入れてくれる優しさがある一方で、同じ外からやってきた移住者同士の輪も自然と出来上がりやすい。

アナウンサーが語る”沖縄移住”Vol.03:頼れる人はほぼゼロだった。植草アナの生活をガラリと変えた「子どもの存在」

沖縄県外の方に、「沖縄の方言には、お互いに助け合う『ゆいまーる(結まーる)』という素晴らしい言葉がありますが、そのゆいまーるを実感した感動的なエピソードはありますか?」と聞かれることがあります。
助け合いの精神や、周囲の人たちの温かい空気というものは、日々の生活のなかのあらゆる瞬間に感じてはいるのです。ただ、何か大事件があって劇的に助けられたというよりは、知り合う人がみんな距離が近くてフレンドリーということ、お互いの家を行き来して子どもたちを一緒に見守り合うような日常の距離感そのものが、沖縄の温かさの本質(ゆいまーる)なのだと思っています。

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