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OKITIVE編集部

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生きるために島を離れ二つのリングで闘った。沖縄出身の元プロボクサーは”拳と重機”で人生を切り拓く

拳から重機へ──二つのリングで闘った男の物語

沖縄から外へ――その一歩は、夢ではなく“生きるため”の選択だった時代があります。家族を支えるため、見知らぬ土地へ渡り、慣れない環境の中で必死に働いた多くのウチナーンチュ(沖縄県民)たち。本土復帰前後の沖縄には、そんな現実が確かに存在していました。
今回紹介するのは、その時代を生き抜き、拳と重機というまったく異なる世界で道を切り拓いてきた一人の男性の物語です。

目次:沖縄出身の元プロボクサーは”拳と重機”で人生を切り拓く
・家族を支える為、県外で稼ぐ
・見送りの言葉は、じん(金)を送りなさい
・昼は建築業、夜はボクシング
・阪神・淡路大震災が変えた価値観と新たなリング
・取り組むのは”再生”への第一歩
・故郷への思いと沖縄を出る後輩たちへ
・人生は、自分で切り拓くもの

家族を支える為、県外で稼ぐ

沖縄がまだ本土で今ほど受け入れられていなかった時代、拳と重機、二つのリングで人生を切り拓いてきた男がいる

名護市出身の山城博さん(66)。7人きょうだいの5番目として生まれた山城さんは、幼い頃から家計を支えるため畑仕事を手伝ってきた。両親は軍作業をしながらも、子どもたちを養うために各地へ出稼ぎに出ていた。
北部工業高校(当時)で建築を学び、高校卒業後は県外で働くことを決める。生きるために島を離れる―その選択は、当時の沖縄では決して珍しいことではなかった。

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